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李登輝氏は「情の深い大きな人間」 被災地や司馬遼太郎さん遺族からも追悼の声

台湾の総統府を訪ねた作家の司馬遼太郎(右)に記念品を渡す総統の李登輝=1993年1月5日(李登輝基金会提供)
台湾の総統府を訪ねた作家の司馬遼太郎(右)に記念品を渡す総統の李登輝=1993年1月5日(李登輝基金会提供)

 台湾の民主化を進め、7月30日に97歳で亡くなった台湾元総統の李登輝氏。訃報が伝わると、国内のゆかりのある人々から死を悼む声が広がった。

 李氏が宮城県を2回訪問した際に、案内役を務めた元宮城県議会議長で県日台親善協会会長の相沢光哉さん(81)は、今も忘れられない思い出がある。

 李氏は平成27年に東日本大震災で被害を受けた同県岩沼市の犠牲者を慰霊する「千年希望の丘」を訪問。李氏は集まった約100人の被災者らに「今、生きているということを大切にして、前向きに生きてほしい」と日本語で語り、一人一人と握手をして励ましたという。

 一昨年に相沢さんが李氏の自宅を訪問した際、李氏は「あれほどの大災害にもかかわらず、生活再建に向けて努力をしている。希望を失わないでほしい」と被災地に思いをはせていたという。相沢さんは「絆を大切にして、思いを行動に移してもらった。改めて感謝している」と語った。

 李氏は27年7月、最先端のがん治療で知られる福島県郡山市の脳神経疾患研究所付属南東北BNCT研究センターを視察。同行していた同研究所理事兼顧問の小野寺慶七さん(76)は「身内をほとんどがんで亡くし、自分だけが残ったとの話が印象的だった。できれば、(最先端治療のBNCTを)台湾にも導入したいと話していた」と当時を振り返る。

 李氏は同研究センターに約2時間滞在し、治療設備に関して熱心に質問もしていたという。小野寺さんは当時の李氏の印象について「非常に温厚で紳士的だった」と語った。

 一方、作家の司馬遼太郎さんの義弟で司馬遼太郎記念館(大阪府東大阪市)の上村洋行館長は「歴史に残る大きな存在を失った寂しさを感じます」と悼んだ。司馬さんは、5年と6年に著書「街道をゆく・台湾紀行」の取材で台湾を訪れ、李氏と親交を結んだ。その後、李氏は16年末に来日した際、翌年1月に京都市内にある司馬さんの墓を訪れたという。

 上村館長は「わざわざ立ち寄ってお墓参りをしてくださったそうです。聞いていた通りの温かな、情の深い、人間の大きな方だと思いました」と話した。

 司馬さんと李氏は、ともに大正12(1923)年生まれ。学生時代は同時期に学徒出陣を経験するなどの共通点もあった。台湾での取材や対談のときには、息がぴったりと合い、話は尽きなかったという。上村館長は「同い年で、戦争という同じ境遇の中に身を置いた“同期意識”のようなものがあったのではと思います」と話した。

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