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横田めぐみさん拉致から42年 親友の眞保恵美子さんのあまりに長い歳月 「部活を休まなければ運命変わっていたかも…」

横田めぐみさんの文章が載った卒業文集を説明しながら取材に応じる眞保恵美子さん(加藤達也撮影)
横田めぐみさんの文章が載った卒業文集を説明しながら取材に応じる眞保恵美子さん(加藤達也撮影)
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 横田めぐみさん(55)=拉致当時(13)=が北朝鮮に拉致されて15日で42年となった。小中学校の親友、眞保(しんぼ)恵美子さんは事件当日の自身の行動が、めぐみさんの運命を変えてしまったのではないかという「罪悪感」を抱きながら救出活動に取り組んできた。産経新聞の取材に「13歳で止まってしまっためぐみさんとの時間を取り戻したい」と胸中を明かした。

 新潟市立新潟小の6年だった昭和51年9月、転入初日のめぐみさんから「合唱部に入りたいので、よろしくね」と声をかけられた。

 「透き通った声で歌ったり、同級生にせがまれて卒業文集の寄せ書きに『ベルサイユのばら』の登場人物を描いてくれたり。明るく元気な女の子でした」

 翌年、中学に進学した2人はバドミントン部に入部、めぐみさんの近所に住む同級生と3人で帰宅することも多かった。

 事件当日、眞保さんは体育の授業で突き指をして部活を休むことになった。それを聞いたもう1人の同級生も休むことになった。めぐみさんは、眞保さんたちと同じ下校路を1人で帰宅中、事件に遭う。

 「私が練習に出ていれば、めぐみさんが1人で帰宅することはなかったのではないか。突き指をして部活を休まなければ、めぐみさんの運命は変わっていたのだろうか」

 眞保さんは何度もそのことを思っては「罪悪感を感じないではいられなかった」と振り返る。

 拉致の翌日、朝礼で担任から「横田めぐみさんが昨夜、家に戻っていません」と伝えられた。わっと泣き出す女子生徒もいたが、眞保さんは泣けない。あまりにも身近な人に起きた重大事は現実感がなく涙も流れないのだと知った。

 政府に救出を求める署名活動では街頭の呼びかけを無視されることもあったが、苦ではなかった。いまも会社勤めをしながら集会を手伝う。眞保さんはそうした活動を「闘い」とは思わない。止まってしまった親友との時間を取り返し埋め戻す営みなのだ。

 「人生の後悔は忘れていくのに、時間が止まった親友に対する後悔は一生消えない。めぐみさんが帰ってくるか自分がこの世を去る日まで、終わりません」

 42年-。拉致さえなければ平凡に流れた歳月だった。北朝鮮の国家犯罪で友情の続きを断ち切られ、帰国を待ち続ける親友にとって、それはあまりに長い。(加藤達也)

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