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【忘れられた同胞・フィリピン残留2世(上)】無国籍状態 命あるうちルーツ知りたい

戦時中に父を地元ゲリラに殺害された日系残留2世のアントニオ・タワラさん(右)=7月3日、フィリピンのプエルト・プリンセサ市
戦時中に父を地元ゲリラに殺害された日系残留2世のアントニオ・タワラさん(右)=7月3日、フィリピンのプエルト・プリンセサ市
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 「タワラ・トメジロ」。フィリピン西部パラワン州の州都、プエルトプリンセサ市に住むアントニオ・タワラさん(81)は、物心がつく前に亡くなった父の名前を、近所の住民からこう聞かされていた。

 1930年代に同市にやって来たというアントニオさんの父は、現地の女性と結婚。樹木の伐採や橋の建設、トラックの運転手などで生計を立てていたが、41年の日米開戦で状況が一変した。

 日本軍は真珠湾攻撃の後、アメリカの植民地だったフィリピンへ侵攻、占領した。アメリカから独立を約束されていたフィリピンでは、急激に対日感情が悪化。ゲリラが日本人移民を襲撃、殺害する事件が頻発するようになった。

 アントニオさんの父も開戦後まもなく反日ゲリラに拘束され、荒野に連れて行かれて穴を掘らされた上で銃殺されたという。「自分が日本人だと言ってはいけない」。アントニオさんは母から厳命され、戦後も母方の姓を名乗った。

 一家の大黒柱を失い暮らしは貧しく、まともな教育も受けられなかったが、警備員などの仕事で生計を立て、懸命に生き抜いた。支えになったのは、母から繰り返し聞いた「お父さんは優しい人だった」という言葉だった。

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