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天安門事件で批判の矢面 総書記の野望果たせず 李鵬氏死去

死去した李鵬元首相(ロイター)
死去した李鵬元首相(ロイター)
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 1989年の民主化要求運動を武力弾圧した天安門事件で、国内外の批判の矢面に立たされたのが李鵬氏だった。中国共産党総書記の座まであと一歩とせまりながら、野望をついに果たすことができなかった。彼もまた、天安門事件の“敗者”だったかもしれない。

 上海のフランス租界に生まれた李氏の両親はともに共産党員で、父親は初期のリーダーの一人だった。父親が中国国民党に処刑された後、子供がいなかった周恩来(元首相)夫妻に養子として引き取られたのが、その後の人生を決めた。

 モスクワ留学などを経て1988年に首相に就任できたのは、周恩来の養子という出自の良さも理由の一つだったろう。

 当時の総書記は改革派の指導者だった趙紫陽氏である。元来、改革開放に慎重な保守派の李氏にとっては目の上のたんこぶだった。

 チャンスは89年に到来した。4月15日の胡耀邦元総書記の死去を受けて学生らの民主化要求運動が過熱。学生との対話を模索していた趙氏は4月23日から30日まで北朝鮮を予定通り訪問したのだ。

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