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「天安門の屈辱、中国を変えた」 仏の元駐中国大使

産経新聞と会見するクロード・マルタン氏(三井美奈撮影)
産経新聞と会見するクロード・マルタン氏(三井美奈撮影)

 【パリ=三井美奈】フランスが1964年に中国と国交を回復して以降、対中外交を支えた元仏駐中国大使、クロード・マルタン氏が産経新聞と会見し、89年6月3日から4日にかけて目撃した天安門事件の動きを振り返った。ナショナリズムをあおる習近平政権の政策は、「天安門事件で味わった屈辱感が発端になった」と分析した。

 「忘れもしない。6月3日の午後11時ごろ、拡声器の声が『ただちに退去せよ。逆らった者は、その結果を見ることになる』と大音響で命じた。広場には数万人がいた。私が話しかけると、みんな『民主化のために死ぬ』『自由だ』と興奮して叫んだ」

 マルタン氏は当時アジア大洋州局長で、3日は北京入りしたばかりだった。同夜、広場の毛沢東廟付近に仏紙記者らとともに駆けつけたが、警察に北京飯店(ホテル)に連行された。「自転車でこっそり引き返すと、各所でバリケードに阻まれた。長安街を戦車が走っていた」と回想する。

 当時のミッテラン仏政権は中国政府を非難。「欧州共同体(欧州連合の前身)の制裁を主導し、公式訪問や技術協力を中止した」。

 ウアルカイシ氏ら香港に逃れた民主化運動の学生や教員約50人に査証を発給。89年7月、フランス革命200年を記念するシャンゼリゼ通りの式典で、自転車を引く「民主化闘士」のパレードを行った。マルタン氏は「以前からパリにいた留学生まで動員した。政治家に押された『演出』だった」と明かす。 

 民主化運動を弾圧した当時の最高指導者、●(=登におおざと)小平氏について、「われわれは彼を見誤った。改革を進めたので、政治も自由化すると信じたが、現実には共産党支配を緩める気は全くなかった。天安門事件で屈辱を受けたと感じ、学生たちを罰したのだと思う」と振り返った。

 マルタン氏はさらに、天安門事件が、「中国が現在のナショナリズムに進む転機になった」と述べ、習近平政権の「強国」志向につながったと指摘する。

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