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【チベット動乱60年(下)】「力貸して」日本政府への思い

2016年11月、都内で、来日したダライ・ラマ14世(中央)と記念撮影する西蔵ツワン氏夫妻(西蔵氏提供)
2016年11月、都内で、来日したダライ・ラマ14世(中央)と記念撮影する西蔵ツワン氏夫妻(西蔵氏提供)
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 「日本政府には、チベットの宗教や文化を守りたい私たちの願いを橋渡しする仲介者になってほしい」。チベット動乱から60年となった3月、日本に帰化した亡命チベット人、西蔵ツワン氏は切実な思いを語った。

 西蔵氏は、インド・ダラムサラのチベット亡命政府が、将来のチベットを担う人材を育てるため日本に派遣した最初の留学生5人のうちの一人。1952年、ネパール国境に近い商業が盛んなチベットの都市、シガツェに生まれた。裕福な家庭で育ったが、59年3月のチベット動乱の際、貿易の仕事でインドにいた父が帰国できなくなり、母や妹と不安な日々を過ごした。

 小学校で「ダライ・ラマは国家分裂主義者」と教え込まれ、チベットの元貴族や高僧が人民裁判にかけられ、公開処刑で銃殺されるのを目撃した。「それを疑問に思わないほど洗脳されていた」と振り返る。

 父が突然、帰宅したのは62年。亡命目的と知らないまま、家族と一緒に「国境地帯の温泉で湯治する」つもりで家を出たのがネパール経由でインドへ向かう旅の始まりだった。難民キャンプの生活は貧しかったが、成績が優秀だった西蔵氏は65年、日本留学の機会に恵まれた。

 留学生5人で受け入れ先の埼玉県毛呂山町にある病院の宿舎で共同生活を送り、勉強に明け暮れた。やがて埼玉医科大に進学し、医師免許を取得。今は同県日高市にある武蔵台病院で院長を務めている。

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