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【緯度経度】趙紫陽、生誕100年は黙殺されるのか 藤本欣也

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趙紫陽元総書記の故郷に建つ門。堂々と「趙」「紫陽」の文字が記されていた=河南省趙荘村(藤本欣也撮影)
趙紫陽元総書記の故郷に建つ門。堂々と「趙」「紫陽」の文字が記されていた=河南省趙荘村(藤本欣也撮影)

 今年は、中国にとって節目の年だ。建国70年(10月1日)だけではない。学生らの民主化運動を武力弾圧した天安門事件から30年(6月4日)、そして同事件で失脚した趙紫陽元共産党総書記の生誕100年(10月17日)の年でもある。

 趙氏は学生らを擁護して1989年に解任された後、北京の自宅に15年以上軟禁され、2005年1月17日、85歳で病死した。その命日を前に生家を訪れた。

 故郷は河南省滑県。生家のある趙荘村に近づくにつれ、車道沿いには粗末な家屋が増え、「貧困撲滅!」と書かれたポスターが多くなる。趙荘村へ至る脇道に大きな門が建っていた。

 目を見張った。門に「紫陽高照」と大書されていたからだ。元来は縁起の良い言葉らしいが、趙氏の名前をもじっているのは明らかだ。「16年建立」とある。

 趙氏は名誉回復されておらず、彼の故郷は人目をはばかって趙氏との関わりを覆い隠しているに違いないと想像していた。しかし実際には、堂々とその名前を掲げているではないか。

 500世帯が暮らす村に入る。レンガの壁が続く小道に、あばら家があり「趙紫陽出生地」との新しい看板が掛かっていた。門は錠で閉ざされている。中から犬が激しくほえ始めた。

 「やはり、生家は立ち入り禁止か…」とあきらめかけていると、鍵を持って古老(75)が現れた。

 庭は荒れていた。崩れそうな旧居2棟に、総書記時代の写真などが展示されているだけだった。失脚後10年を経てようやく人が訪れるようになったという。

 「今でもたまに参観者が来るので、そのたびに鍵を開けている」と話す古老は生前の趙氏に会っている。

 「能力のある実務家。失脚していなければ、中国は20年進歩していただろう」

 名誉回復の見込みを聞くと、「われわれ民衆が何を言っても仕方がない。決めるのはあの人だから」

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