PR

ニュース 国際

【藤本欣也の中国探訪】胡耀邦像が故郷・湖南省に 失脚した指導者なのになぜ

Messenger

 習氏はそのころ、中央軍事委員会副主席を務めた郭伯雄氏を汚職問題で失脚させたばかりで、反腐敗闘争の真っただ中にあった。

 習氏は重要講話でこう指摘している。

 「われわれが胡耀邦同志を記念するのは、公正かつ品行方正、清廉潔白であるように自らを律していた彼の崇高な品格に学ばなければならないからだ」

 反腐敗闘争を念頭に置いているのは間違いない。党への信頼回復だけでなく、自らの政敵を追い落とし政権基盤を強化することも狙った同闘争の道具として、「胡耀邦」を利用しようとしたとみられる。像建立を含む故郷の整備もその一環である。

 ただ、習氏には座談会に出席しない選択肢もあったはずだ。党は05年に胡耀邦生誕90年記念座談会を開催しているが、当時の胡錦濤国家主席は欠席した。しかし、習氏は出席して講話を行ったばかりか、同じ日に胡耀邦氏の親族らと記念写真も撮っている。

 習氏が肩入れする理由は何か。カギはやはり習氏の重要講話にあった。

 「胡耀邦同志は(文革などで)迫害を受けた大量の長老、幹部、知識人、一般市民の名誉を回復させた」

 その中に、習氏の実父、習仲勲元副首相も含まれていたのである。

□ □

 胡氏は1989年4月8日、政治局会議に出席していた際、心筋梗塞(こうそく)で倒れ、同15日、73年の生涯に幕を閉じた。

 胡氏の墓は、江西省共青城市に「胡耀邦陵園」として整備されている。50年代、共産主義青年団(共青団)のトップを務めていた胡氏の号令で、青年たちが祖国建設に汗を流して切り開いた街である。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ