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天安門事件の政府報道官、袁木氏の死亡説流れる

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袁木氏
袁木氏

 【北京=藤本欣也】中国の民主化運動が武力弾圧された1989年の天安門事件で、政府側の報道官を務めた袁木(えん・ぼく)氏(90)の死亡説が17日、流れた。

 上海に拠点を置く中国メディアが同日、葬儀関係者の話として「袁氏は13日、病気のため北京で死去した」と報じ、23日に葬儀を執り行うとする葬儀委員会の告知もインターネット上に拡散した。しかしその後、死去に関する情報が次々にネットから削除される事態となっている。

 来年、天安門事件から30年の節目を迎えるのを前に、中国当局が関連報道に敏感になっている可能性がある。

 袁氏は88年、国営新華社通信の記者などを経て、国務院(政府)の報道官に就任。89年4月15日の胡耀邦元総書記の死去を機に、大学生らによる民主化運動が拡大すると、同29日、政府代表として学生らと対話を行った。しかし参加した学生の大半が“官製学生会”のメンバーだったことから、逆に学生らの反発を招く結果に終わった。

 同年6月4日の天安門事件後も記者会見などで政府の見解を代弁。「学生の死者は23人」「天安門広場で1人も死んでいない。(装甲車などに)ひかれてけがをした者もいない」などと主張し、国際社会の不信感を高めることになった。

 天安門事件では“政府の顔”を務めただけに、中国国外では負のイメージがつきまとった。これまでにも香港などで死亡説が流れたことがある。

 今回の死亡説について、関係者は産経新聞に「国営メディアが公開する情報が全てだ」と述べ、口を閉ざした。袁氏が新華社の出身者にもかかわらず、別の中国メディアが新華社より先に「死去」を報じたことが「死去情報削除」の背景にあるとの見方も出ている。

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