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「ノーベルアタッシェ」が現地で支えた日本人受賞者の素顔は

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 だが、1994年に作家、大江健三郎さんの受賞が決まると、日本とスウェーデン両国の文化や言語に見識のあったレイニウスさんに再び白羽の矢が立った。2度目の任命に驚きつつ、最も戸惑ったのが日本メディアの取材攻勢だった。「ホテル前で大江さんを待ち続けたり、車を尾行したりと取材に熱心過ぎた」

 アタッシェとしての仕事量も1回目に比べて格段に増えた。受賞者もその家族も自由に外出が難しい状況になった。そのため、豊子さんも夫人の着付けができる場所を探したり、家族に頼まれた買い物をしたりと身の回りの世話を引き受けることになった。

 以降、日本人受賞者の場合は夫婦二人三脚で従事。これまで田中耕一さんや益川敏英さん、山中伸弥さん、赤崎勇さんら計8人とその家族を支えてきた。

 強く思い出に残っているのが山中さん。滞在中はずっと緊張を隠せずにいたが、帰国の際に「無事に終わることができました。お二人のおかげです」と深々と頭を下げ、感謝の言葉を述べた律義なふるまいに感動したという。また、赤崎さんに同行した名城大職員から「お二人も『チーム赤崎』の一員です」と声をかけられ、滞在中の写真を収めたアルバムを贈られたことも忘れられない。

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