PR

ニュース 国際

【東京特派員】「おさまりの悪さ」という覚悟 湯浅博

Messenger

 シンガポールで緊急の外科手術を受けたとき、病院食の多彩なメニューに驚かされたことがある。看護師が差し出したメニューには、中華、洋食、ベジタリアン、そしてマレー食と4通りの中から選択できる。「まるでルームサービスのよう」と喜んだものの、「待てよ」と思い返した。

 ひょっとして、以前、取材したチャンギ刑務所のメニューと同じではなかったか。ベジタリアンは牛を敬うインド系が選択し、マレー食は豚肉を忌み嫌うイスラム教徒の多いマレー系向けだ。多人種社会である当地では、病院でも刑務所でもこれが社会の安定に不可欠な心遣いなのである。

 細心の注意は食事だけでなく、看護師や刑務官も、人種混合でバランスよく振り分けられる。人種や宗教にからんだ不満は暴動につながりやすいからだ。過去にはシンガポールだけでなく、クアラルンプールやジャカルタでも、多くの暴動が発生した。

 もちろん、それは東南アジアだけではない。移民国家の米国や欧州もまたよそ者同士の集団国家だから、法という契約で厳格なルールが守られなければ社会が成り立たない。だからこそ、米国はメキシコ国境に押し寄せる中南米からの移民志願の群れに神経過敏となる。欧州にはアフリカから地中海をボートに乗って、より良い暮らしを求めて押し寄せてくる。

 適正な数と適度な品性が備わっていなければ、貴重な労働力もやがて悪辣(あくらつ)な犯罪者の群れに豹変(ひょうへん)する。それらをどうコントロールするかは、受け入れ国の頭の痛い問題なのだ。

 そうした微妙な由来があると知らずに、今日は洋食、明日は中華と節操もなく、雑食ぶりを発揮していたというわけである。外国人労働者の受け入れ審議の国会もまた、法案の大枠に気をとられ、人種、宗教、言語、そして生活様式など細部にまで神経が行き届いているとは思えない。

 日本が米欧なみに多人種社会になろうというのなら、その前に、国民が異なる人種と宗教を抱え込む「おさまりの悪さ」を覚悟しなければならない。政府・与党は、何をそんなに急ぐのか。「ふと気がつくと隣人に」では、地域の心構えが追いつかない。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ