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戦中の台湾少年工 神奈川で最後の歓迎大会「記録写真提供を」

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 同工廠では、終戦までの約2年間、厚木基地(同県)に配備する戦闘機「雷電」を生産した。少年工らは朝から日没まで働き、実際に卒業資格を得たのは約400人程度だったという。

 戦局が厳しくなるにつれ、生活の状況は変わっていった。工廠から寄宿舎に帰る途中で機銃掃射を受けるなどして、命を落とす少年工もいた。

 ■75周年で記念誌

 戦後、少年工らは台湾へ帰り、国民党による戒厳令(24~62年)が解除された後、元少年工の同窓組織「台湾高座会」が結成された。18年5月の来日から、今年で75周年を迎えたことを記念して「台湾高座会留日75周年歓迎大会」が10月20日、同県大和市内で開催されるほか、座間市内の芹沢公園で台湾少年工をたたえる顕彰碑の除幕式が行われる。

 同会の李雪峰会長ら元少年工や親族らが来日予定だが、元少年工の高齢化が進んだことから、歓迎式典は今年が最後となる。元台湾少年工たちは、多くが90歳以上となっており、年々、数も減っているという。

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