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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(32)思う存分生き、いい詩をつくりたかった スパイとして処刑された林和

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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】
(32)思う存分生き、いい詩をつくりたかった スパイとして処刑された林和

粛清後、名誉回復され、平壌の愛国烈士陵に葬られた世界的舞踊家・崔承喜の墓 粛清後、名誉回復され、平壌の愛国烈士陵に葬られた世界的舞踊家・崔承喜の墓

 カップのメンバーが「社会主義の理想郷」と夢見た北朝鮮は、独裁者の指先一つで簡単に命さえ奪われてしまう悪夢のような国だった。日本時代の残滓(ざんし)を思わせる彼らの居場所など最初からなかったのである。

 『北の詩人』に印象的な林の独白があった。《思う存分生きて、いい詩をつくりたい。革命とか、思想とか、共産主義とかを離れて、自然の中に純粋な人生を凝視したい…》と。

 カップの活動は約10年間だった。内紛が絶えず、最後は日本の官憲によって相次いでメンバーが検挙され、解散している。

 だが、逆の見方をすれば、これほど左翼的な団体が曲がりなりにも約10年間、日本統治下の朝鮮で活動できたのだ。その時期は日本が世界に類を見ない緩やかな統治を行った「文化政治」の時代に重なる。近代文学も大きく発展した。=敬称略

 (文化部編集委員喜多由浩)

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