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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(32)思う存分生き、いい詩をつくりたかった スパイとして処刑された林和

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 ■金正日の略奪愛の末に

 林が在籍したカップは、日本統治下の朝鮮で結成。前述した朴憲永らによる朝鮮共産党の影響を受け、ブルジョア文学に対抗するプロレタリア文学の牙城として、7つの支部、約300人の同盟員を擁し、文学のみならず映画、音楽、演劇、美術を包括する芸術団体に発展してゆく。

 世界的な舞踊家、崔承喜(チェ・スンヒ)の夫で戦後、北朝鮮の文化省次官を務めた作家の安漠(アンマク)、ザ・フォーク・クルセダーズの名曲「イムジン河」(北朝鮮では「リムジン江(ガン)」)や北朝鮮の国歌(愛国歌)の作詞者である朴世永(パク・セヨン)も、カップのメンバーとして活躍した。

 戦後、彼らの多くが北朝鮮へ渡るが、重用されたのは一時で、派閥争いに巻き込まれたり、独裁者の機嫌を損なったりして、林和と同じように、粛清されたケースが少なくない。

 とばっちりともいえる厄災が降りかかったのは作家の李箕永だろう。2代目の金正日(ジョンイル)が、女優の成(ソン)●(=くさかんむりに惠)琳(ソン・ヘリム)を見初めたとき、すでに彼女は人妻であった。その夫だったのが李の息子で、金正日は夫妻を離婚させ、強引に自分の妻にしてしまう。2人の間に生まれた長男が、マレーシアで暗殺された金正男(ジョンナム)である。

 金正日の略奪愛は絶対のタブーである。李は、北朝鮮の文学芸術総同盟委員長などの要職に就いたが、2000年代に金正日の指示で、北朝鮮の文学人名事典が編まれたとき、李の扱いの大きさに金正日が不快感を示し、やり直しを命じたという。以来、文学人名事典が刊行されることはなくなった。

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