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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(32)思う存分生き、いい詩をつくりたかった スパイとして処刑された林和

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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】
(32)思う存分生き、いい詩をつくりたかった スパイとして処刑された林和

粛清後、名誉回復され、平壌の愛国烈士陵に葬られた世界的舞踊家・崔承喜の墓 粛清後、名誉回復され、平壌の愛国烈士陵に葬られた世界的舞踊家・崔承喜の墓

 林は、在日コリアンの活動家らに大人気だった『人民抗争歌』の作詞者としても知られている。テンポがよく、宴席などでは必ず飛び出したという。ところが林の粛清後、特に朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会、昭和30年結成)関係者の中では『人民抗争歌』はタブーになった。作曲者の金順男もまた北朝鮮へ渡った後、粛清され、行方知れずになっている。

 ■「二度殺された」詩人

 だが、林和が「米のスパイだった」という認定はかなり疑わしい。北朝鮮の初代権力者、金日成(キム・イルソン)(首相、国家主席)は独裁体制を確立するためにさまざまな罪状をデッチ上げ政敵を次々と粛清していったからである。林は、金日成のライバルであった朴憲永(元北朝鮮副首相、米スパイとして処刑)ら南朝鮮労働党一派の排除に連座させられたとみるのが妥当であろう。

 昨年12月に80歳で死去したジャーナリストの萩原遼(はぎわら・りょう)は、月刊『正論』平成18年6月号に、「北朝鮮にはめられた松本清張 『北の詩人』の奇怪な成り立ち」のタイトルで、同作における日本のスパイ→米のスパイという林の設定に異議を唱え、「北朝鮮側の主張をうのみにした」として、清張を厳しく批判した。

 《(林らの処刑は)金日成の判断の誤りによって朝鮮戦争が勝利できなかった責任を転嫁するための粛清裁判・殺人裁判であったことは今日では大方の認めるところです。…(清張は)金日成の殺人裁判に追随して林和をもう一度作品の上で抹殺しました》。そして、《金日成は朝鮮が生んだ優れた詩人を抹殺しただけでなく、日本の作家を使って文学の名の下に林和を抹殺させ、殺人裁判をあたかも事実であるかのように装わせた》のだと…。

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