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東京裁判「文官無罪」の葛藤 オランダ・レーリンク判事の日記、詳細初めて明らかに

レーリンク判事の日記の抜粋
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 【アムステルダム=三井美奈】第二次世界大戦後の極東国際軍事裁判(東京裁判)で広田弘毅元首相ら文官の無罪を主張したオランダ人判事、ベルト・レーリンクが日本滞在中に書いた日記や書簡の内容が明らかになった。遺族が産経新聞に示したもので、日記の詳細が報道されるのは初めて。被告を「全員有罪」とした判決への反発や、被爆地・広島を視察した時の衝撃が記されていた。

 「大地は真っ平らだ。石造の建物はほとんど残っていない。荒涼として悲惨な土地だ」

 1946年3月末、広島を機上から視察した時の日記には、セピア色の航空写真が添えられていた。視察機はこの後、噴火中だった鹿児島県桜島の上空を飛行。流れ出る溶岩を見て、「大地は人間のようだ。平和はつかの間の均衡にすぎない。水面下で異なる力が働いている」と平和への考察を記した。

 レーリンク判事は東京裁判のため、46年から約2年間、5人の子供と妻をオランダに残して日本に滞在。85年の死去後、オランダの自宅で、家族あての100通近い書簡と日記が見つかった。日記は、どのページも万年筆の青い文字がびっしり。きちょうめんな人柄がにじみ出る。

 裁判でレーリンク判事は多数派意見に反対し、当時の国際法から見て「平和に対する罪」(侵略の罪)で死刑は適用すべきでないとの立場をとった。この時の葛藤を「私は望ましくない方向にある。同僚の意見や世論に沿わない」「だが、日本の歴史や国際法の研究を進め、多数派の意見だからといって絞首刑を宣告すべきではないという考えに至った」と記した。

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