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【特派員発】「プラハの春」半世紀…「正確な事実」報じた地下放送 チェコ・宮下日出男

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 侵攻してきた戦車に無防備の市民が立ち向かう-。1968年8月、社会主義体制下のチェコスロバキア(当時)で起きた民主化運動「プラハの春」が、ソ連(当時)などの軍事介入で弾圧される光景は世界に衝撃を与えた。それから間もなく半世紀。民主化は実現し、記憶は薄れるが、国際社会が揺れる今、夢に終わった「春」の意義を思い起こし、教訓を伝えようとする人々もいる。

 首都プラハ中心部のチェコ放送(旧チェコスロバキア放送)の庁舎内には扉が閉ざされたままの部屋があった。50年前、軍事侵攻後も隠れてラジオ放送を続けた場所だ。保存のため、現在は立ち入りは厳禁という。

タブーも報道

 「何としても放送を続けようと必死だった」。当時の局技術責任者で、近く退職するというトマシュ・トムカさん(75)が「あのとき」を思い起こす。

 チェコスロバキアでは68年、1月に共産党第1書記に就いたアレクサンデル・ドプチェク氏の下、低迷した経済など国家立て直しに向けた改革に乗り出した。市場経済の一部導入など社会主義の枠内で社会・政治制度の民主化を目指す内容は「人間の顔をした社会主義」と称された。

 メディアへの事前の検閲が廃止され、共産党の過去の「粛清」などタブーだった内容も報じられるようになった。自由な言論が開花した「とてもすばらしい時期だった」(トムカさん)。

 だが、ソ連主導の軍事同盟、ワルシャワ条約機構の部隊は8月20日夜に侵攻を開始。翌21日朝、局に駆けつけたトムカさんが目撃したのは、戦車を前に市民が路線バスなどをバリケードにして局を守ろうとする姿だった。周辺の衝突では14人が死亡した。

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