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【北朝鮮拉致】蓮池薫さん「命以外すべて奪われた」 拉致解決訴えることが使命

 インタビューに応じる拉致被害者の蓮池薫さん=23日午後、新潟県柏崎市(宮崎瑞穂撮影)
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 北朝鮮による拉致から40年を迎える蓮池薫(はすいけ・かおる)さん(60)はこれまで、拉致された意味と向かい合ってきたという。恐怖に耐えつつ共に生活した拉致被害者の中には、いまだ帰国を果たせない人たちが多くいる。「一刻も早く風穴をこじ開けてほしい」。焦りをにじませながら全被害者の即時帰国を訴えた。(加藤達也、中村昌史)

 昭和53年7月31日、新潟県柏崎市の海岸で袋詰めにされ船に放り込まれた。何度も死を覚悟したが、2晩かけて見知らぬ港町に着いた。「ようこそ」。船内で注射を打たれ、もうろうとする中、男に日本語で声をかけられた。工作機関「朝鮮労働党対外情報調査部」指導員のハン・クムニョン容疑者。当時は知りようもなかったが、蓮池さん拉致を現場で指揮し、後に国際手配された男だった。

 連行された建物には初めて見る人物の大きな肖像があった。「ここは朝鮮民主主義人民共和国だ」。初めて居場所を知らされる。肖像は金日成(キム・イルソン)主席だった。現実離れした状況がのみ込めない中、一緒に拉致された現在の妻、祐木子(ゆきこ)さん(62)が心配だった。「下手なことをしなかっただろうな」。そう問うと「われわれ共産主義者はそんなことはしない。信じていい」。それが真実であることを願った。

 1年9カ月ほどたったころ、日本に帰したと嘘を聞かされていた祐木子さんが北朝鮮にいると明かされ、勧められて結婚した。

 現地では工作員への日本語教育を強いられた。「あなたを立派な共産主義者、革命家に育ててあげよう」。利己的な言葉を幾度もかけられたが、平成14年の帰国まで2人の子供と妻が心の支えだった。

 「帰国後も拉致を考えない日はなかった。家族たちとの絆や時間。命以外のすべてを奪われた」。悔しさを押し殺し語る。北朝鮮では一部の被害者と隣同士で暮らしたときもあった。蓮池さんは、祖国の土を踏みたいと願い続けていた横田めぐみさん(53)=拉致当時(13)=の姿を鮮明に記憶する。

 「私は共に拉致された妻と家族を持ち、安らげる場があった。めぐみさんは13歳で、たった1人で拉致された。早く帰りたいと、極限状態の中で生きていたと思う」

 各地で精力的に講演などを行う蓮池さんは決意を語る。「拉致の解決を訴え続けることが今、自分にやれること、やらねばならないことだと思っている」

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