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【緯度経度】高速鉄道網が映す中国の10年 知財権紛争・住民反発を物ともせず拡大 河崎真澄

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 「十年一昔」という。だがこの10年の中国を振り返ると、一昔どころか、はるか昔にも感じる。その間の政治、経済、社会の千変万化ぶりは、「高速鉄道」建設からも透けてみえる。

 1964年に東京-新大阪間で開業した新幹線に遅れること43年。中国版新幹線と呼ばれた高速鉄道は川崎重工業などが技術供与した「CRH型」車両で2007年にスタートした。

 目を見張るのはその路線延長スピードだ。08年の北京五輪、10年の上海万博を経て、17年末に営業キロ総延長は2万5千キロ。年平均2500キロの延伸を続けた計算で、中国全土の主要都市を網羅するに至った。単純な日中比較はできないが、新幹線の総延長約3千キロに対し、8倍以上の路線が10年で整備された。

 違いは何か。答えは「共産国家だから」だろう。国土はすべて国家の所有であり、人民は“借地”に暮らす。建設計画を政府が定め、命令を下せば、あっという間に用地の収容が進む。反発する住民や組織など弾圧すれば事足りる。建設費や不動産開発をめぐる汚職の温床にもなった。

 党総書記(国家主席)だった胡錦濤(こ・きんとう)氏のスローガンから、当初の車両は「和諧(わかい)号」と命名された。一方で12年、党幹部を親族にもつ集団「太子党」をバックにした習近平氏が総書記に就任。胡氏の母体で叩(たた)き上げ集団「共産主義青年団」出身者と権力闘争を繰り広げた。

 闘争の“勝利”は、習氏が唱える「中華民族の偉大な復興」から取った「復興号」車両が17年に登場し名実とも確定した。同年の党大会で事実上、習氏は終身トップの座も手に入れた。

 この「復興号」は中国の独自開発をうたい、最高時速400キロを自賛した。

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