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【中東見聞録】「リビア方式核放棄」より怖いのは国民の恨み 北朝鮮がカダフィ大佐から学ぶべき教訓

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【中東見聞録】
「リビア方式核放棄」より怖いのは国民の恨み 北朝鮮がカダフィ大佐から学ぶべき教訓

リビアの首都トリポリで2011年8月、カダフィ大佐の居住区があったバーブ・アジジヤ地区で、政権の崩壊を祝う市民ら(大内清撮影) リビアの首都トリポリで2011年8月、カダフィ大佐の居住区があったバーブ・アジジヤ地区で、政権の崩壊を祝う市民ら(大内清撮影)

 実際にリビアとの取り引きなどを禁じる米国内法(イラン・リビア制裁法=ILSA)からリビアが除外されたのは06年のことだが、すでに同国には、いち早く儲け話にありつこうとする各国のビジネスマンたちが熱い視線を向けていた。

 当時のリビアの核開発は「非常に初期の段階」(専門家)にあり、核兵器保有の脅威は差し迫ったものではなかったといわれる。それでも、宿敵イスラエルとその後ろ盾である米国に対抗することを目論んでいたカダフィ大佐が大胆な方向転換を決めたのは、核を含む大量破壊兵器が体制の保証にはつながらず、むしろ自国の安全を脅かしかねない、と判断したからだった。

 当時の息子ブッシュ米政権が03年3月、大量破壊兵器保有疑惑を名目にイラクへ侵攻し、同国のサダム・フセイン政権があっさりと倒れた。ならば、先んじて放棄を宣言して将来の米国の介入を回避し、体制安定と経済的実利を手にしよう。「アフリカの王の中の王」を自称していたカダフィ大佐は、自らの慧眼に鼻高々だった。

あっという間に争乱拡大

 制裁緩和により、欧米企業と組んでのエネルギー開発や商業活動は活発化した。しかし、国内の言論弾圧や体制に批判的な人物を政治犯として取り締まるなどの人権状況は遅々として改善しなかった。これが、カダフィ政権崩壊に至る内戦の伏線となった。

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