PR

ニュース 国際

ヤルタ密約 背景に透けるチャーチルの微妙な立場 戦後は一転「歴史的過ち」と批判

チャーチル英首相がソ連侵攻の約1カ月前の1945年7月5日に自治領省からカナダをはじめ英連邦4カ国に送ったヤルタ密約に関する電報(英国立公文書館所蔵)
Messenger

 チャーチル英首相が英連邦主要国に、米英ソ3首脳によるヤルタ密約の内容を“漏らしていた”ことは、チャーチル自身の密約に対する微妙な立場をうかがわせている。実際、チャーチルは戦後、署名したものの自身を頭越しにした米ソ首脳の独断と釈明し、大西洋憲章とカイロ宣言で定めた「領土不拡大の原則」に反した歴史的“過ち”と認めている。

 密約をめぐって、英外務省は大戦終了約半年後の1946年2月、全在外公館に「ルーズベルトが米大統領の権限を越え、米議会の批准を得ずに署名しており、(南樺太と千島列島などの領土移転を決めた)合意の有効性について米国内で議論が起こるかもしれない」と疑問を呈し、「論議に巻き込まれないように注意すべきだ」と警告を発していたことが、英外交電報で判明している。

 また、米国内でも53年に当時のアイゼンハワー大統領らが、ルーズベルトが独断で決めたとして密約の無効を訴えたことで、同じく英政府にはからず独断で署名したチャーチルの責任を問う声も表面化した。

 このため、チャーチルはイーデン外相あてに、「米ソ首脳が頭越しで決定した。自分はその場におらず、連合国の結束を乱したくなかったので署名した」と釈明する書簡を書いている。

続きを読む

関連ニュース

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ