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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(8)感謝された初等教育 「北の2人の母」も日本と関わり

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 『日本統治時代を肯定的に理解する 韓国の一知識人の回想』を書いた朴贊雄(大正15年生まれ)も同小の卒業生だ。いい思い出が圧倒的に多い。《(第一、第二小は)それぞれの運動場を中にして隔たっていた。しかし、僕らは六年間を通して第一附属の日本人学生と反目や諍(いさか)いに及んだ覚えはない》

 また、4年生のときに新築された校舎が当時、京城帝大にもなかった水洗トイレだったことを記した上で、朴はこう書く。《その新築校舎を日本人児童にあてがって、朝鮮人の方にはお古の校舎を授けたところで何ら問題はなかったはずである。しかし新築の校舎をチャンと(朝鮮人の)児童らに渡したのは、当たり前と言(い)えばそれまでだが、僕は内心感心した》

 まさに、“お人よし”の日本統治をしのばせるエピソードではないか。

お人よし日本人児童

 今年1月、98歳の誕生日を迎えた上野瓏子(ろうこ)は、日本人と朝鮮人児童の両方の小学校で教壇に立った貴重な証言者だ。2年前、その思い出を『おばあちゃんの回想録 木槿(むくげ)の国の学校 日本統治下の朝鮮の小学校教師として』に書いた。

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