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【中国共産党 宿命の権力闘争史】人目避ける毛沢東旧居の村 中国大粛清の原型「ほとんどが冤罪」 

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【中国共産党 宿命の権力闘争史】
人目避ける毛沢東旧居の村 中国大粛清の原型「ほとんどが冤罪」 

 まるで人目を避けるように建国の父、毛沢東の旧居があった。周囲には雑草が生い茂っている。

 中国南部、江西省富田村。毛の遺跡であれば無条件に観光名所となるのに、一体どういうことなのか。その理由は、中国共産党の権力闘争と粛清の歴史に隠されていた。

 共産党は1921年に上海で設立された後、27年に江西省南昌などで武装蜂起をしたが失敗。指導者の一人だった毛沢東は部隊を率いて江西省と湖南省にまたがる井岡山に入り、最初の根拠地とした。

 その後、毛は地元出身の幹部との対立が表面化。30年、毛は江西省党委員会が置かれていた富田村に部下を派遣し、反対派120人を逮捕、24人を処刑した。党内のAB団摘発がその理由とされた。AB団とは、蒋介石率いる中国国民党の反共組織のことだ。

 当時、共産党中央でもソ連留学組のソ連派と、地方の有力幹部らが対立。ソ連派が毛に加勢する形で、富田村でさらに4千人以上が逮捕・処刑されたともいわれている。

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