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【矢板明夫の中国点描】なぜ劉暁波氏は最後に海外治療を望んだのか 決して祖国を離れなかった民主化リーダーの「最後の願い」

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【矢板明夫の中国点描】
なぜ劉暁波氏は最後に海外治療を望んだのか 決して祖国を離れなかった民主化リーダーの「最後の願い」

 劉氏はこう述べたこともあった。天安門事件当時、民主化運動のリーダーと呼ばれた大学生や知識人は数多くいた。ただ、その中で劉氏のように常に自分の責任に言及し、深く反省した人は見当たらない。

 99年の3度目の出所から08年末の4度目の拘束まで、劉氏は北京で精力的な執筆活動を続けた。産経新聞に投稿したこともあった。当時は民主化運動への締め付けが比較的緩やかな胡錦濤政権時代だった。それでも劉氏の自宅前に交番が設置され、外出する際には警察車両で移動しなければならないなど厳しい監視下にあった。

 劉氏宅に行くと、いつもお茶を運んでくれる夫人の劉霞さんは、会話にほとんど参加しない。隣に座り静かに夫の話を聞くことが多かった。詩人で写真家でもある劉霞さんは、父親が大学の学長を務めた共産党幹部で、裕福な家庭に育った。天安門事件の時に劉氏と出会い恋に落ちた。

 その後、劉氏が投獄されると、刑務所側が恋人との面会を認めないため、劉霞さんは獄中結婚を決断し妻になった芯の強い女性でもある。劉氏は生前、「私はいつでも死ぬ覚悟が出来ているが、妻のことだけが心残りだ」と漏らしたことがあった。

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