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【東日本大震災6年】震災直後10億円寄付した台湾人・張栄発氏を忘れてはいけない 「日本人より日本人的だった」実業家が東北に寄せた思いとは

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【東日本大震災6年】
震災直後10億円寄付した台湾人・張栄発氏を忘れてはいけない 「日本人より日本人的だった」実業家が東北に寄せた思いとは

2011年3月17日午後、宮城県名取市の仙台空港。ターミナルには津波で流された自動車や防風林が多数残されていた(鈴木健児撮影)  2011年3月17日午後、宮城県名取市の仙台空港。ターミナルには津波で流された自動車や防風林が多数残されていた(鈴木健児撮影) 

 台湾と日本との深い縁を体現したような人生を送った張氏。カラオケの定番は千昌夫さん。日本の流行事情に最後まで関心を寄せ、後年、日本を訪れるたび、100円ショップでの買い物に何時間も費やすこともあった。

 日本と航空路線の開設などをめぐって折衝をしてく中で、対中関係をことさら配慮する日本側の事情についても、張氏はよくよく理解していた。海運や航空事業で、世界的なビジネスを展開していた張氏にとって、逆にいえば、日本は「多くの商売相手の中のひとつ」という位置づけであったともいえる。

 張氏が台湾と日本の関係について語った、こんな言葉が池本氏の記憶に残っている。「台湾は人口わずか2300万人。日本との関係なくしては、どうにもならない。だから日本にはもっともっと、しっかりしてもらい、台湾を引っ張っていってほしい」。

 ■張栄発(ちょう・えいはつ)■ 1927年10月、台湾北東部・蘇澳生まれ。父は郵便局員や船員だった。北部の基隆に移り、少年期から日系海運会社に勤務、夜間に商業高校に通う。複数の会社で一等航海士や船長を務め、61年、海運経営を始める。68年、長栄海運設立。コンテナ船事業に進出後、事業を拡大。89年に台湾初の民間航空会社エバー航空を立ち上げた。85年、慈善団体の財団法人張栄発基金会を設立。平成24(2012)年、旭日重光章。16年1月、死去。グループ傘下企業の売上高の合計は日本円で1兆円を優に超える規模で推移している。

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