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【満州文化物語(40)】夏目漱石を驚愕させた未来都市「撫順」 たった20年で幻と消えたのは

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【満州文化物語(40)】
夏目漱石を驚愕させた未来都市「撫順」 たった20年で幻と消えたのは

伊藤博文の撫順訪問の写真を掲載した「満鐵會報」(満鉄会提供) 伊藤博文の撫順訪問の写真を掲載した「満鐵會報」(満鉄会提供)

暗殺2日前の伊藤公

 明治の元勲、伊藤博文がロシアの蔵相と非公式に会うため満州を訪問したのは明治42(1909)年10月のことだ。大連、旅順、奉天と回って撫順炭鉱(礦)へ着いたのが24日。そのときの写真が「満鐵會報」227号(平成20年4月発行)に掲載されている。伊藤がハルビン駅で暗殺される、わずか2日前の姿だ。

 日露戦争に勝利した日本はロシアから東清鉄道の南半分(後に満鉄線)などとともに、撫順炭鉱を獲得する。掘っ立て小屋の炭鉱夫宿舎と貧弱な炭鉱事務所ぐらいしかなかった場所に満鉄の建築家は“超近代都市”を造り上げてゆく。

 東京撫順会事務局長、濱地勝太郎(はまちかつたろう、88)によれば、満鉄は千金寨(せんきんさい)と呼ばれた地区約80ヘクタールを買収し、明治41年4月から道路、電気、ガス、上・下水道を整備。満鉄の社宅街を挟み、行政を担当する炭鉱事務所や、駅、学校、病院、公会堂、図書館といった公共施設を次々と建設した。

 市街地では、街区ごとにボイラー場を設けて蒸気を送って暖房を行う画期的な「集中方式による蒸気暖房のシステム」が導入され、ガスも供給されていた。

 寒村だった撫順は約10年間で人口2万4千人弱の都市に生まれ変わる。市街地の建設には約5千万円(現価で約1兆円)の巨大な投資が行われ、当時の千金寨はさながら米西部のゴールドラッシュ時代と似た様相を呈していたらしい。

 伊藤の撫順訪問は建設が始まってまだ約1年半のころである。写真にはいくつかの建物が写っており、活況に沸く都市建設の槌音が聞こえてくるようだ。

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