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【話の肖像画】元台北駐日経済文化代表処代表・羅福全(3)米国籍を取得して国連で仕事

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【話の肖像画】
元台北駐日経済文化代表処代表・羅福全(3)米国籍を取得して国連で仕事

早稲田大学に留学中、大隈重信像の下で友人らと。左端が本人 (本人提供) 早稲田大学に留学中、大隈重信像の下で友人らと。左端が本人 (本人提供)

 〈台湾最高学府の台湾大学で経済学を学んだ後、修士課程で早稲田大学に留学。さらにその後の1963(昭和38)年、米国へ留学した〉

 日本に来ると、帰ってきたという気持ちになりました。当時は安保闘争の真っ最中。早稲田の大隈重信像に反米・反政府のプラカードがかかっているのを見て、こんな自由な国があるのかと思った。学生運動を見ていたら中国国民党による圧制下にあった台湾には帰れません。帰れないならアメリカまで行こうと。当時、早稲田で経済を学ぶ傍ら、東京大学でも聴講生をしており、東大の教授に将来10年、経済の分野で伸びるものを聞いたら「計量経済学と地域経済学だ」というので、この2つのトップの教授がいるペンシルベニア大学に行くことにしました。

 アメリカは本当に民主国家でした。初めて「二・二八事件」に抗議するデモに参加したら、アメリカの警察というのは私たちの安全を考えてデモを保護してくれるのです。でも後に、FBI(連邦捜査局)が来て「あなたは共産党か」と聞いてきました。私は「中国の一部になりたくないから独立運動をしている」と答えましたが、当時は東西冷戦の最中で、国民党がFBIにそう言ったのでしょう。こうした活動を続けていくなかで、私は国民党のブラックリストに載るわけです。

 〈ペンシルベニア大で地域科学博士を取得、米民間調査会社を経て73(昭和48)年、国際連合の職員となる〉

 私の地域開発に関するリポートを見たというポーランド人から「名古屋に設ける国連地域開発センターで仕事をしないか」と電話があり、「ぜひとも行きたい」と答えました。偶然舞い込んだ新しいチャンスです。ところが私はブラックリストに載ったため、「中華民国」のパスポートを失効させており、米国籍も申請していなかったため無国籍でした。私は急いで米国籍を取り、国連は世界で仕事をするための国連パスポートを発行してくれました。

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