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【きょうの人】フィリピン人ジャーナリスト、ナルシソ・パディリアさん(84) 天皇、皇后両陛下のフィリピン訪問、半世紀をまたいで取材

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【きょうの人】
フィリピン人ジャーナリスト、ナルシソ・パディリアさん(84) 天皇、皇后両陛下のフィリピン訪問、半世紀をまたいで取材

13日、フィリピン北部バギオ市の自宅前で、1962年の皇太子、皇太子妃時代の両陛下訪比を伝えた記事を手にする、ナルシソ・パディリアさん。メダルは手がける比日友好事業の記念メダル(吉村英輝撮影) 13日、フィリピン北部バギオ市の自宅前で、1962年の皇太子、皇太子妃時代の両陛下訪比を伝えた記事を手にする、ナルシソ・パディリアさん。メダルは手がける比日友好事業の記念メダル(吉村英輝撮影)

 天皇、皇后両陛下が26日からフィリピンを訪問される。皇太子夫妻時代の1962年11月に初訪比された時、訪問先のひとつのルソン島北部バギオ市で取材にあたったフィリピン人ジャーナリスト。「当時を知るジャーナリストは自分しか残っていない」と、半世紀越しの取材に眼を輝かせている。

 当時、旧日本軍が最後まで激しい抵抗戦を繰り広げた山岳地の対日感情は、まだ厳しかった。だが、沿道を埋めた市民からは「マブハイ(ようこそ)」「バンザイ」の歓声が上がった。冷遇の懸念は、「(両陛下の)魅力的な笑顔で吹き飛ばされた」と伝えた。

 祖父は日本軍に殺され、父は抗日ゲリラとの関係を疑われ投獄された。弟たちを食べさせるため、山頂近くの日本軍陣地まで重い武器や弾薬を運び、コメをもらった。だが、「(両殿下の)笑顔に接した瞬間、日本を嫌悪し続けていた恨みがすっと消えた」。記事は自らの心の描写でもあった。

 バギオは米国統治時代に避暑地として開発された。困難な道路建設を担ったのは日本からの移民だ。市議となり、95年の戦争終結50周年のパレードに旧日本兵を招待した。投石などに備えフィリピン退役軍人が守りながら行進したが、杞憂(きゆう)だった。2009年からは若者も交えた比日友好事業も展開している。

 53年前、二眼レフカメラで写真に収めて新聞一面に掲載した笑顔。「今も同じ表情を拝見し、こちらも幸せになります」。今回のご訪問では市民懇談会に日系人と参加し、両陛下の魅力を再び伝えるつもりだ。(バギオ市 吉村英輝、写真も)

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