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【日韓国交正常化50年】朴正煕氏の評価、半世紀で一変 始まりは“用日” 残された“反日”

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【日韓国交正常化50年】
朴正煕氏の評価、半世紀で一変 始まりは“用日” 残された“反日”

1962年11月12日、東京・外務省で大平正芳外相(右)と日韓国交正常化交渉を行う金鍾泌中央情報部長(肩書は当時、「写真と読む 大統領朴正煕」から)

 日韓両国が基本条約に調印し、国交正常化に踏み切ってから22日で丸50年。韓国国内の猛反対を押し切り、正常化を決断したのが当時の大統領、朴正煕(パク・チョンヒ)だ。「売国奴」呼ばわりされた朴正煕に対する評価は、この半世紀で一変した。

 寒村のイメージを抱いていたので、そのにぎわいぶりに拍子抜けしてしまった。韓国南東部、慶尚北道・亀尾(キョンサンプクド・クミ)にある朴正煕の生家。土壁の家屋自体は粗末だったが、周囲には記念館や焼香所、公園が整備され、観光客が押し寄せていた。1日平均2千人以上-。

 「優れた大統領のおかげで私たちは幸せに暮らしています」「強力な改革だけが韓国を維持できる」「将来、朴正煕大統領のような政治家が再び現れたらいいのに」。寄せ書き帳を見ると、強いリーダーを求める声や賛辞であふれている。

 だが、およそ半世紀前には、それからは想像もつかない光景が広がっていた。

 1964年6月3日、ソウル中心部。「韓日交渉を中止せよ」「屈辱外交を許すな」「売国奴を殺せ」

 催涙弾が飛び交う中、大学生ら1万5千人以上が集結し、治安当局と衝突を繰り返した。夜、戒厳令を布告したのは当時の大統領、朴正煕その人だった。

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