アマゾン密林で発見されたザトウクジラの「ミステリー」 - 産経ニュース

アマゾン密林で発見されたザトウクジラの「ミステリー」

アマゾン川河口の密林で2月下旬に発見されたザトウクジラの死骸(NGO「ビチョ・ダグア」のインスタグラムより)
 ブラジル北部アマゾン川河口のジャングルで2月下旬、大きなクジラの死骸が見つかった。密林に似つかわしくない海の巨大ほ乳類の姿は世界に打電され、「アマゾンのミステリー」と伝えられた。見つかったのは、「ブリーチング」と呼ばれる大きなジャンプをし、「歌」を歌うことでも知られるザトウクジラ。個体数が減り、国際捕鯨委員会(IWC)は商業捕鯨のための捕獲を一時的に禁止している。専門家の話では、近年の生態環境の著しい変化が背景にあるという。ミステリーを解く鍵は、死骸に刻まれていた。(佐々木正明)
 ■体長8メートル、推定年齢は1歳
 ザトウクジラの死骸は、アマゾン川河口のマラジョ島で発見された。上空をおびただしい数のハゲワシが飛び回っているのに地元の人々が気づき、近づいてみると、岸辺から約15メートル離れたマングローブの茂みに引っかかるような形で死骸が横たわっていたという。
 体長は8メートルほどで、死後数日が経過。推定年齢はおよそ1歳と若く、大人のザトウクジラの半分の大きさだった。現場で解剖を行った生物学者たちは肉片などのサンプルを持ち帰り、死因などの解明を行うという。
 ブラジルメディアなどによると、この時期、アマゾン川河口は大西洋からの高潮が際立ち、マングローブの密林も一帯が海水で覆い尽くされる。
 同島で野生動物の保護活動を行っているNGO「ビチョ・ダグア」は「海洋で浮遊したザトウクジラの死骸が、潮流によってマングローブの森まで流れ着いたのではないか」と推測。同NGOのレナータ・エミン代表は、「われわれは情報を集め、死骸に残った特徴をまじえ、漁網に引っかかったのか、船に衝突したのかを調べたい」と語った。
 19世紀から20世紀にかけての乱獲で、世界の海洋でザトウクジラの個体数は激減した。IWCは1982年にザトウクジラを含む大型鯨類の商業捕鯨モラトリアム(一時停止)を決めた。
 ■最大の疑問は発見場所
 生物学者を最も驚かせたのは、ザトウクジラの死骸が見つかったのが赤道直下のブラジル北部だったことだ。エミン代表は地元紙に対し、「最大の疑問は、なぜ2月に、ブラジル北部の海域にザトウクジラがいるのかということ。これはめったにないことなのです」と答えた。
 現在、大西洋には数万頭のザトウクジラが生息していると算出されている。1年を通じ、北から南にかけて数千キロを回遊。この時期には通常なら、アマゾン川河口付近から約5500キロ南方にある南極海に近い海域の餌場に集まっているという。
 謎に包まれたザトウクジラの死骸。本来ならいるはずもないところでの発見は、ザトウクジラを取り巻く生態環境が急激に変わってきたことを示唆している。
 鯨類研究の専門家である下関海洋科学アカデミー鯨類研究室の石川創室長は、報道などの情報をまじえ、「このザトウクジラは親から離乳した直後の若いクジラであり、親と別れてすぐに死んだ可能性がある」と推測した。
 獣医師の経験も持つ石川氏によると、クジラに限らず、離乳直後の野生動物の子が親から離れてしまえば、死ぬ確率は高まる。ザトウクジラの子は通常、生後1年で親から離れて「巣立ち」をするが、離乳直後はシャチやサメに襲われて死ぬことさえあるという。
 石川氏は「最近、日本近海でも、離乳直後のザトウクジラの死体の漂着が増えており、決して珍しくはない現象なのです」とも指摘する。アマゾン川河口で見つかった若いザトウクジラの漂着も同様の現象であり、さらに、河口に近い海域では親のザトウクジラがいて、一定の頭数が集まり、群れを成していた可能性も否定できないのだ。
 ■レッドリストから外れたザトウクジラ
 実は、ザトウクジラはモラトリアムの効果もあり、資源数が増えていることが確認されている。2008年、国際自然保護連合(ICUN)はザトウクジラの絶滅危惧種としての状況を見直し、「絶滅危惧2類」から「軽度懸念」に変更した。IWCも増加を認めている。
 米海洋大気局(NOAA)によれば、大西洋沖では近年、船舶と衝突したザトウクジラが死に、沿岸に打ち上げられるケースが増えているという。資源数の回復が原因と考えられており、南太平洋でも急激にザトウクジラの数が増えていると報告されている。
 今回、いるはずもない海域で見つかった若いザトウクジラの死骸は、この付近で暮らしている親子の「新たな姿」を映し出している可能性がある。今後も付近の海域で目撃が相次ぐようであれば、ブラジル北部で新たな群れが回遊しているという仮説も、十分検討に値するだろう。
 マラジョ島のNGOは3月中にも解剖結果を出すとしており、今後の研究成果が注目される。