【リーマン10年 危機後の世界】自国第一の世界に備えはあるか 外信部長・渡辺浩生 - 産経ニュース

【リーマン10年 危機後の世界】自国第一の世界に備えはあるか 外信部長・渡辺浩生

10日、米ニューヨーク・マンハッタンの英大手銀行「バークレイズ」。かつてはリーマン・ブラザーズの本社ビルだった(上塚真由撮影)
 「金融危機は1度起きたら人の暮らしや未来を変えてしまう」。2008年8月、米連邦準備制度理事会(FRB)の元幹部が漏らした言葉だ。その1カ月後の9月15日、米金融大手リーマン・ブラザーズが経営破綻した。世界規模のショックは経済格差の拡大を通じて大衆の政治意識をも変え、今日の孤立主義とポピュリズム(大衆迎合主義)に至る時流のパラダイム(構造)転換となった。
 ニューヨーク連銀の会議室では9月12日の金曜日から米当局とウォール街の首脳らがリーマンの救済策を練った。しかし、優良部門を英銀バークレイズが買収し、不良資産は民間の資金拠出で買い取る窮策は、英当局の拒絶に遭う。
 「代案はないかときかれたが、ないと答えた。私たちはもうなにも思い浮かばなかった」。当時の連銀総裁で後にオバマ政権の財務長官を務めたガイトナー氏は回顧録で振り返る。が、その場にいた誰一人、リーマンの破産申請を引き金に世界に拡散した激震とその余波を想像できなかった。
 金融システムは瞬時に凍りつき、企業も個人も資金が滞った。米国では800万人が仕事を、900万人が家を失った。恐慌寸前の実体経済は、同年11月のオバマ大統領誕生の追い風にはなったが、大衆の怒りはエリートが担うワシントンの政治に矛先を向けた。
 ユーロ危機に発展した欧州も同じだ。独経済学者のマニュエル・フンケ氏らは過去約140年に世界が経験した金融危機と選挙との相関を調べ、多くが右派勢力の伸長と政治の分裂を伴う結果を立証した。
 自由民主主義体制が評判を落とすことに「世界的金融危機がとどめを刺した」とするのは米政治学者のフランシス・フクヤマ氏だ。
 トランプ大統領誕生と欧州連合(EU)離脱を決めた英国民投票、さらには米主導の国際秩序に牙をむく中露という権威主義国家の台頭に至る転換点は、リーマン・ショックだった。
 一方、好景気が続く今のワシントンに10年前を振り返る機運は乏しい。中間選挙を控え、反トランプの大手メディアや民主党支持者と、「トランプ氏は正しい」と確信する支持者が互いを激しく攻撃し合う。
 「ポピュリズムはスケープゴートと安易な解決策を探るあまり、本当の問題への対処を難しくする」と英誌エコノミスト最新号が指摘するように、世界の経済は危うさを増している。
 危機の最中に約4兆元(約57兆円)の景気刺激策を投じた中国は債務の山を抱え、米国の制裁関税で景気も減速。中南米諸国は米利上げの余波で通貨安に陥った。貿易戦争で生じた米欧の亀裂は、多国間の連携を著しく後退させた。
 「自国第一主義」が蔓延(まんえん)するリーマン後10年の世界。次への備えはあるのだろうか。
(外信部長 渡辺浩生)