米朝非核化交渉はなぜ行き詰まったのか…トランプ氏を別格視する北朝鮮の不可思議な「論法」が壁に

劇場型半島
6月12日、シンガポールでの首脳会談で握手する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)とトランプ米大統領(ロイター)

 米国と北朝鮮の首脳が史上初めて固い握手交わしたはずが、米朝の非核化交渉が目に見えて行き詰まっている。ポンペオ米国務長官の8月下旬の訪朝が急遽(きゅうきょ)、取りやめになり、北朝鮮が送った「好戦的」な書簡が原因だとも伝えられた。ただ、北朝鮮はこれまでメディアなどを通じて言いたい主張を雄弁に語ってきた。そこからは、北朝鮮がトランプ大統領を別格視し、周囲に責任を転嫁する独特の論法に固執し、自縄自縛に陥っている様子が浮かぶ。(ソウル 桜井紀雄)

「好戦的」秘密書簡

 米紙ワシントン・ポストは8月27日、トランプ氏が急遽、ポンペオ氏の訪朝中止を指示したのは、交渉相手の金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長から直前に受け取った秘密書簡が原因だと報じた。

 書簡は「訪朝を取りやめるのに十分なほど好戦的だった」としている。米CNNテレビによると、非核化が進まないのは「米国が平和協定に向けた北朝鮮の期待に応えていないためだ」と不満を示し、非核化交渉は「危機にひんしており、瓦解(がかい)する恐れすらある」と警告する内容だったという。

 韓国の情報機関、国家情報院の徐薫(ソ・フン)院長は28日、国会情報委員会で「米国は北朝鮮の非核化宣言を先に要求、北朝鮮は(朝鮮戦争の)終戦宣言の採択を先に要求し、両者の立場が衝突している」ことが訪朝中止の背景にあると説明した。出席議員が明らかにした。

 終戦宣言は、金正恩(キム・ジョンウン)体制の保証につながる平和協定に先立つ措置で、北朝鮮が米側に繰り返し要求してきた。ポンペオ氏の7月の訪朝でも英哲氏側が提起し、協議後、北朝鮮外務省は「米側が一方的で強盗さながらの非核化要求だけを持ち出してきた」と強く非難した。

 非核化が先か、終戦宣言が先かという根本的な立場をめぐって6月の首脳会談以降、全く進展がない状況が鮮明になった。

悪いのは世論と国務省?

 朝鮮労働党機関紙、労働新聞も8月18日付論評で「米国が一方的かつ強盗さながらの『先(に)非核化』に固執したことが協議を失敗に追い込んだ」というのが世界のメディアの結論だと論じている。

 興味深いのは「米国内の政争」を原因に挙げていることだ。トランプ氏には「ライバルがあまりに多い」とし、「大統領の足を議会が引っ張り、司法府が首根っこを捕らえ、メディアが追い立てる」と指摘。「単なる政治宣言」にすぎない終戦宣言の採択まで妨害しているというのだ。

 対して、トランプ氏本人については「朝米関係改善と世界平和という世紀の偉業を達成する『夢』を抱いている」と高く持ち上げ、首脳会談の成功は「補佐官らに従わず、自らの決断で行動したためだ」と強調。打開に向けたトップの「果敢な決断」を求めた。

 責任転嫁の矛先は米国内世論にとどまらず、交渉を担う国務省にも向かう。

 労働新聞の8月6日付論評では、北朝鮮が核実験場の廃棄から米兵遺骨の返還まで「真心込めた善意」を示したのに、米国は「口先だけで何も履行していない」と非難。「新たな歴史の第一歩を踏み出したトランプ大統領の決断とは裏腹に、国務省などは『制裁・圧迫戦略』にしがみつき、過去へと後退している」と不平をぶちまけた。

 その上で、制裁という「旧石器時代の石のオノを捨て」米側に「段階別同時行動の原則」に基づき、信頼醸成措置を取るよう迫った。半面、ここでもトランプ氏に関しては、北朝鮮側の措置に「重ねて感謝」を表明している点を強調し、「絶望状態」といえないとわざわざ付言している。

君主に誤りなし

 問題が生じたとき、君主に誤りがあるわけはなく、周囲の奸臣(かんしん)たちが立ちふさがり、君主の目を覆っているためだ-とする論法は近代以前の東アジアで広く用いられてきた。北朝鮮は、この論法を金正恩党委員長とトランプ氏との関係にも当てはめているようだ。

 北朝鮮がいまだ王朝的絶対独裁体制から抜け出せない中、側近らが最高指導者の誤りを具申しようはない。こうした国内事情をそっくり民主国家の米国にまで反映させている滑稽さが見て取れる。

 韓国紙は、4月の文在寅(ムン・ジェイン)大統領との会談で、正恩氏が最側近であるはずの英哲氏について「あの人のせいでうまくいかないことが多かった」と愚痴をこぼしたと伝えた。絶対権力者が側近に責任を転嫁したというのだ。真偽は不明だが、十分想像できる光景だ。絶対君主には、間違いのない“無謬(むびゅう)性”が求められるからだ。

 北朝鮮の外交官は、金正日(キム・ジョンイル)時代の対米交渉でも「軍が許さない」などと周囲に責任をなすりつけて交渉を長引かせ、要求を小出しに達成させようとしてきた。最高指導者の要求は絶対で、交渉責任者に与えられた権限はあまりに小さい。

 一方、民主国家の米国では、世論の要求を無視できず、トップの指示の下、具体的交渉は国務省など官僚組織が担うのは自明のことだ。「非核化が先」だというのはほかでもないトランプ氏自身の意志であって、北朝鮮の交渉担当者は、カウンターパートの国務省相手に譲歩しつつ、打開の道を探るしかないはずだ。

 「旧石器時代のオノ」を振り回しているのは北朝鮮の方だろう。トップの無謬性に基づく旧態依然の論法を振りかざし、真正面から非核化に応じない限り、自国を圧迫する制裁から逃れられることはない。