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複雑な課題を解くカギは「耐える力」にある? ネガティヴ・ケイパビリティの技法を学ぶ

アイデンティティをもたない詩人は、それを必死に模索するなかで物事の本質に到達します。その宙吊り状態を支える力こそがネガティブ・ケイパビリティです。キーツはシェイクスピアこそが桁外れにこの能力を有しており、作家だけではなく詩人にも必要だと考えたんです。キーツがこの言葉を記述したのは、わずか1回。しかも、弟たちに遺した手紙のなかでです。

1821年に亡くなったキーツによる洞察に再び陽の光を当てたのが、第二次世界大戦に従事した精神科医であり、英国の精神分析界の大家であるウィルフレッド・R・ビオンです。それは、キーツの死後から約160年後のことでした。

ビオンは、生身の人と人が接する精神療法の場において、治療者が保持し続けなければならないのが、この能力だと説きました。また、精神療法は「記憶」「欲望」「理解」のないところでこそ、最も効果を発揮するとビオンは言ったのです。

自分の知識を頭のなかから消し去り、「患者をこうしたい」という欲望にとらわれず、我田引水のように患者を理解しようとしない。生まれたての赤子のように新鮮な心で、目の前の患者に接し、謙虚に耳を澄ますところから始めよ、と説いたのです。

この能力ゆえに、治療者は自分の特定の視点を離れて患者の心のひだに深く立ち入り、より高い次元で患者を理解し、精神療法の効果を最大限に発揮できるというのです。ここには、精神分析学に対するビオンの危惧が見て取れます。精神分析学に知見と理論が蓄積されるなかで、その理論を用いて患者を型に当てはめるのではなく、目の前の患者との生身の対話を重視せよ、とビオンは考えたわけです。

もちろん、それまでも類似の概念がなかったわけではありません。フッサールの現象学的還元やフロイトの自由連想などは、キーツの考えとの類似性を有しています。キーツが芸術の分野に見いだした能力を、精神医学の歴史のなかに位置づけたのがビオンだったわけです。

人間の本能に反する営為

いま世のなかで重要だとされているのは、ポジティブ・ケイパビリティでしょう。問題解決や物事の処理能力で、これこそが現代の学校教育において追求されている能力です。しかしわたしは、ポジティブ・ケイパビリティとネガティブ・ケイパビリティは両立できると考えていますし、多くの人に後者を頭のなかに入れておいてほしいのです。

しかし、ネガティブ・ケイパビリティは本能とは逆の営為なわけです。人間の脳はわからないものや不確実なものに耐え難く、あらゆるものに仮の答えを見つけたいという欲望をもっています。問題をせっかちに特定しない、生半可な意味付けや知識でもって解を見いださない、宙ぶらりんの状態をもちこたえることは苦手なんです。

だからこそ、複雑なものをそのまま受け入れられずに、単純化やマニュアル化をしてしまう。答えがないものや、マニュアル化できないものは最初から排除しようとする。そうすると、理解がごく小さな次元にとどまり、より高い次元まで発展しない。その「理解」が仮のものであった場合、悲劇はさらに深刻になります。

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