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未来のプログラマーは、いま「SF作品」で倫理を学んでいる

「倫理面、社会面の懸念も大切かもしれないが、核兵器の倫理性を議論するのは物理学でないのと同様、コンピューター化がもたらす社会的、倫理的影響を論じあうのはコンピューターサイエンスではない」とする主張だ。当時はこの立場が主流だった。

しかし現在、倫理を重視する動きが再来している。大手テック企業の倫理性が再び問題にされるなか、マサチューセッツ工科大学(MIT)、カーネギーメロン大学、スタンフォード大学などが鳴り物入りで倫理学のコースを新たに立ち上げた。

学生自身がこうした教育を求めるケースもあると、コロラド大学教授であるケイシー・フィスラーは説明する。フィスラーは自らもコンピューター倫理学を教えながら、倫理教育について研究している。

かつては最高の経験とされたフェイスブックでのインターンも、いまは眉をひそめられかねない。学生たちは倫理にまつわる何らかの手ほどきを求めているのだ。

SFは「未来予想」のツールなのか?

倫理を教える側からすると、題材には事欠かない。テック業界では、毎日のように新しいスキャンダルがあるからだ。

グーグルは政治的バイアスの不適切な扱いで窮地に立たされているし、アマゾンはAlexaに怒鳴りつけるあなたの声をしっかり聴いている。非営利調査報道団体のプロパブリカは、再犯予測プログラムのアルゴリズムに、黒人の再犯危険度が高く示すバイアスがあったと発表した。ケンブリッジ・アナリティカがフェイスブックの利用者データを不正にかき集めていたのも有名な話だ。

こうした現状に説明をつけるため、テクノロジーを学ぶ学生には哲学に根ざした古典的な人文学教育が必要だと多くの人が考えている(ただ、既存の偏見を教室で繰り返すのはいけない。先日も人工知能によるバイアスを扱うはずのMITのクラスが、とうの昔に世を去った白人男性による文献ばかりを取り上げているとして、Twitterで槍玉に挙げられた)。

現実世界から離れたいという声がある、と話すのは、ケンタッキー大学でコンピューターサイエンスを教えるジュディ・ゴールドスミスだ。学生から試験課題に不満が出たのを機に、10年ほど前から授業でSFを扱っている。試験の代わりにSF文学作品を分析する課題を選べるようにしたところ、それがのちに「SFとコンピューター倫理学」というクラスへと発展した。

ゴールドスミス自身、本来の専門はアルゴリズムと抽象代数学であり、哲学ではない。「自分が何をやっているのか、見事なまでにわかっていませんでした」と言う。頭を抱えたゴールドスミスは、倫理と『ナルニア国物語』をテーマに博士論文を書いたバートンの協力を得て、授業を改造した。

数学と宗教をそれぞれ専門にするふたりは、SFに対するアプローチが異なることにほどなく気づいた。

ゴールドスミスはSFに対し、現代のテクノロジーを進化させる役割や、来たるべき技術がもたらすであろうジレンマを学生に想像させる役割を見いだした。言い換えれば、SFは未来を予言し、近い将来やってくる現実に備える手段であると受け止めたのだ。

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