まるでバットモービル! 運転する楽しさを改めて実感させてくれる3輪自動車

 

 見た目がバットモービルのような3輪の奇妙なクルマが発売された。ドアがなく、フロントガラスは半分しかないこのクルマは、とにかく騒々しくて快適な通勤にはまったく向いていない。だがまるでオートバイのような走行体験は、自律走行車が普及していく未来に向けて、クルマを運転する楽しさを改めて実感させてくれた。『WIRED US』版によるレヴュー。

ポラリスがつくった3万ドル(約334万円)の3輪自動車「スリングショット」は、公道を走る最もユニークな乗り物だろう。自律走行車が普及したあとで人間の運転がどのように見えるか、多くを語ってくれる。PHOTOGRAPH COURTESY OF POLARIS INDUSTRIES

ベイブリッジのなかほどに差しかかったとき、助手席に座っているジョンが聞いてきた。これは、恐らくシートベルトを締める前から頭に浮かんでいた質問だろう。

「ちなみに、これは公道を走っても問題ないの?」

 

 たぶん、車内に貼ってあるステッカーを見たのだろう。そこにはこう書かれている。

「この乗り物はCMVSS208(カナダ国土交通省が定める自動車安全基準)における動的・静的試験の要件を満たしていない」

あるいはジョンは、クルマの衝突安全基準について少し知識があったのかもしれない。それとも、バットモービルを模したようなこの3輪のクルマは、サンフランシスコとオークランドを結ぶベイブリッジはもちろん、ほかの公道を走るのも許されないはずだと思っただけかもしれない。

「ユニークな架空の動物ランキング」で、スリングショットはスフィンクスやケンタウロス、キマイラと並んで上位に入るだろう。前輪の車幅は「シボレー・コルベット」より広いが、後部は一輪車よりわずかに広いだけだ。PHOTOGRAPH COURTESY OF POLARIS INDUSTRIES

「大丈夫だよ」とわたしは言った。正しくは「怒鳴った」。というのも、このクルマは時速60マイル(時速約97km)で多くの車とともに走っていて、わたしたちはヘルメットをかぶっていたからだ。

わたしたちが乗っているクルマは小さな屋根こそあるものの、音や風をさえぎるドアや前面をカヴァーするフロントガラスはない。そのため会話は大声で行われ、限られたものにならざるを得ないのだ。

■相乗りしてきたジョンの素朴な疑問

ジョンは、カジュアル・カープールの相乗り地点で同乗してきたときに、いくつか質問をしてきた。「カジュアル・カープール」というのは、アプリなどを使用しないローテクで素晴らしい相乗りのやり方だ。

ベイブリッジを通ってサンフランシスコ市内に行きたい相乗り希望者は、決められた場所で待つ。そこに、2人以上乗っているクルマだけが走行できる高速道路の特別車線(相乗りレーン)を使いたいドライヴァーがやってきて、希望者を乗せるのだ。

「このクルマは何て言うの?」

 「ポラリス・スリングショットだよ」

 「いくら?」

 「3万ドル(約334万円)」

 「何のための乗り物なの?」

 「レースコースや田舎道を転がして楽しむためだろうね」

スリングショットにドアはない。だが乗員を保護するために、ロールフープや衝撃吸収帯、横滑り防止装置、ABS、シートベルトはある。アメリカのほとんどの州では、普通自動車免許で運転できる。PHOTOGRAPH COURTESY OF POLARIS INDUSTRIES

ジョンはクルマに乗り込むなり勢いよくヘルメットをかぶった。だが、論理的に考えれば続いてくるだろう次の質問はしてこなかった。「転がして楽しむためなら、なんでラッシュアワーのベイブリッジを走るわけ?」とは、聞いてこなかったのだ。

■通勤には不向きだが「楽しくてスリル満点」

わたしは、スリングショットの目的に合ったテストをする前に、向いていないテストをしてやろうと思ったのだ。でもすぐに、「こんなことはしないで、いつものようにバスで通勤すればよかった」と後悔した。なぜならスリングショットは、快適さを求めた通勤用の乗り物ではなかったからだ。

荷物スペースとして座席の後ろに小さなスペースがあるものの、あまりに小さくて見つけるのに1週間もかかった。しかも、そこに通勤カバンは収まりきらない。

乗員とエンジンの間には何もないので、恐ろしくうるさい。それから繰り返しになるが、ドアはなく、フロントガラスも下半分だけだ。「天井はわざと硬い材質にしているのではないか」と勘ぐってしまう。なぜなら、3つの車輪のどれかが小石よりも大きな物を踏むたびに、天井に頭をぶつけたのだから。

会社に向かう途中の朝の8時、快適なことは何ひとつなかった。やはり洗練された通勤のほうが好きだ。座り心地のいい椅子、自然から身を守ってくれる装備、NPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)がちょうどいい音量で流れ、ヘルメットを装着する義務もない。これは、日常の運転とはかけ離れていた。

スリングショットは、日常のルーティーンを飛び出したときに初めてその真価を発揮した。土曜日の午後に、3輪のクルマでバークレーヒルズを走ってみた。車線は狭く、急カーヴや急なアップダウンのある道だ。1時間ほど、目的もなくただ車を走らせている間、顔がにやけるのを抑えられなかった。

心地よい風。腹に響くエンジン音。ギアを2速、3速、4速とこまめに入れ替えるのに忙しくしていたので、たまに車が跳ねて天井に頭をぶつけても気にならなかった。特に急カーヴを曲がったときには、たまに後ろの1輪タイヤが少しスライドしたので、思わず「おーっ!」と声を上げた。

スリングショットはスリルそのものだ。人間がクルマを所有したり、運転したりしようと考えなくなるなかで、この乗り物は未来の人間にとっての運転のかたちを示しているのかもしれない。

スリングショットを開発したのは、ミネソタ州に本拠を置くATV(全地形型の車両)やスノーモービルをつくっているポラリス(Polaris)だ。もちろん、彼らは「未来の人間が運転するクルマをつくろう」という目的はなかった。

■オートバイと自動車の「いいとこ取り」

開発責任者のギャレット・ムーアによると、プロジェクトを開始したときには「乗り物に何を盛り込めば、いちばん面白くなるだろう」と考えていたという。

まずはタイヤを1つ取ってみた。ポラリスはオートバイの運転体験と、自動車の安定性をミックスした乗り物を望んだ。3輪設計のおかげでスリングショットはほっそりし、車体重量1,700ポンド(約770kg)を維持できた。これは公に「オートバイ」であると認められるほどの軽さだった。

最も厳しい衝突安全基準をクリアしていたので、ドアやエアバッグなしでも発売できた。安全性を気にしていないわけではない。ロールフープ(座席の背後上部に取り付けられる逆U字型のロールバー)や衝撃吸収帯、横滑り防止装置、アンチロックブレーキシステム(ABS)、シートベルトはある。

アメリカのほとんどの州では、普通自動車免許で運転できる。ただし、アラスカ、メイン、マサチューセッツ、モンタナ、ニューヨーク、ウィスコンシンの6州では、2輪免許が必要だ。2.4リッターの4気筒エンジンは173馬力が出る。加速能力に関する指標である重量出力比は、新型のフォード・マスタングよりも優れている。

■「スリルを感じて楽しみたい人」には最適

ポラリスはスリングショットを「オープンエア・ロードスター」と呼びたがっているが、使っているテクノロジーはオートバイのものだ。法律的にもオートバイになるので、同乗者がいなくても相乗りレーンを走れると通勤に使ったあとで知った。ジョンはラッキーな男だ。

ユニークな架空の動物ランキングで、スリングショットはスフィンクスやケンタウロス、キマイラと並んで上位に入るだろう。前輪の車幅は「シボレー・コルベット」よりも広い。しかし後部は、一輪車よりわずかに広いだけだ。3輪にしたことで重量は軽くなり、急カーヴも曲がれる。ただ、2つの前輪で穴をまたいで通過すると、0.5秒後には車体の中央に位置する後輪が穴にはまるだろう。

ギアレヴァーを動かすと、まるで郵便受けを開け閉めしているかのようにガチャガチャとうるさい。スピードを落として止まる前には、エンジンの振動で屋根が上下するのが見える。乗員は地上5インチ(約13センチ)の高さに座り、身体的にも精神的にも地面すれすれの運転を体験する。

これが理由で、スリングショットは通勤には向いていないといえる。そもそも運転は、ほとんどの時間でひどい経験だ。ほかの車、赤信号、速度制限にイライラさせられる。現代のクルマは快適さや静けさ、コネクティヴィティをうたう。だがそれは、運転を好ましいものに変えようと試みているのだ。

しかしほどなく(20~30年のうちくらいには)、ロボットが運転の退屈でいやな部分を代わりにやってくれるようになるだろう。いずれは、オフィスやスーパーに行くときも、感謝祭の日に祖母を訪ねるときも、コンピューターの操縦するクルマがわたしたちを運んでくれるようになる。

それでも、ジグザグの山道を走ってスリルを感じたり、一般道を自由に走ったりしたい人には、このスリングショットや後継モデルが用意されるのだろう。電気自動車版のスリングショットもあるかもしれない。