670馬力のモンスターマシン フォルクスワーゲンのEVブランド「I.D.」初の公道モデル

 

 フォルクスワーゲン(VW)が、EVブランド「I.D.」で初めて公道を走るモデルを発表した。それはなんと、標高差1,439mのコースで熾烈な闘いを繰り広げるレース「パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム」のマシンだ。EVの新記録を目指して設計されたレースカーの、その威圧的なまでの勇姿をご覧あれ。

このほどフォルクスワーゲンが披露したEVのモンスターマシン「I.D. R Pikes Peak」。PHOTOGRAPH COURTESY OF VOLKSWAGEN

「改宗者ほど信心深い者はいない」と言われる。自動車産業において、それはフォルクスワーゲン(VW)のことだろう。彼らは排ガス不正事件のあとからクルマの電動化に帰依し、信仰の道を突き進んでいる。

4月初めに退任した前最高経営責任者(CEO)のマティアス・ミュラーは昨年9月、電気自動車(EV)戦略「ロードマップE」を発表し、2030年までに全モデルにEV版を導入する方針を明らかにした。

最大出力350kWの急速充電スタンドネットワークの構築も進めている。欧州では他者との共同プロジェクトだが、米国では単独で取り組む。4月23日には、ネットワークのうちウォルマートに設置される100カ所について、ディスカウントストアのターゲットやコンビニチェーンのSheetzなどと協力すると明らかにした。さらに、欧州および中国市場向けに250億ドル相当のEV用バッテリーの供給元を確保しているという。

このほどフォルクスワーゲンが披露したEVのモンスターマシン「I.D. R Pikes Peak」。PHOTOGRAPH COURTESY OF VOLKSWAGEN
このほどフォルクスワーゲンが披露したEVのモンスターマシン「I.D. R Pikes Peak」。PHOTOGRAPH COURTESY OF VOLKSWAGEN

つまり、いまやVWはEVブランド「I.D.」の新型を発表することなしに、モーターショーに参加することはあり得ないのだ。I.D.ファミリーの最初のモデルは2020年の発売で、2022年には誰もが欲しがるであろう「I.D. BUZZ」も登場する予定だ。

■公道を走る最初の「I.D.」の凄さ

ただ、それより少し早く、I.D.ブランドのクルマが公道を走る姿を見ることができる。公道といってもある特定の場所で、具体的にはコロラド州にあるパイクスピークの山頂につながる1本の道だ。

フォルクスワーゲンは今年のパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムに「I.D. R Pikes Peak」で参戦する。ドライヴァーのロマン・デュマが新記録を打ち立てれば、翌日の見出しを飾ることは間違いない。3月にはイメージ画像が何枚か公開されたが、ついに4月22日にフランスでレースカーの実物が公開された。

 

技術的な仕様は明らかになっていない。バッテリーの容量も不明だが、山頂まで駆け抜けるコースの長さは12.4マイル(19.99km)で、1回のアタックなら距離は問題にはならないだろう。VWは、限界まで攻めた走りをしてもバッテリーの20パーセント程度の電力しか使わないだろうとの見方を示している。

このほどフォルクスワーゲンが披露したEVのモンスターマシン「I.D. R Pikes Peak」。右がパイクスピークに挑むドライヴァーのロマン・デュマ。PHOTOGRAPH COURTESY OF VOLKSWAGEN
このほどフォルクスワーゲンが披露したEVのモンスターマシン「I.D. R Pikes Peak」。PHOTOGRAPH COURTESY OF VOLKSWAGEN

一方、パフォーマンスは非常に重要だ。このためパワートレインだけでなく、バッテリーも出力を重視したつくりになっている。モーターは2基で、合わせて最高出力500kW(670馬力)、最大トルク650Nmを実現した。車体重量は1,100kg以下で、時速100kmまでの加速時間はわずか2.25秒と、F1やフォーミュラEのマシンを上回るという。

■極端な見た目のレースカー

もちろん、どちらのレースもマシンの仕様に関して非常に厳密なルールがあることは指摘しておかなければならない。これに対し、パイクスピークの「アンリミテッド(改造無制限)」クラスでは、技術関連の規則はコックピットの安全性を主眼に置いて定められている。スタートからゴールまでの標高差1,439mというこの恐ろしいコースでは、山腹を数百フィート転がり落ちるということが、かなりの確率で起こり得るからだ。

結果としてI.D. Rは、非常に極端な見た目のレースカーに仕上がった。威圧的なまでに巨大なフロントディフューザーとリアウイングに加え、フロアは両サイドに拡張されている。すべてはダウンフォースを最大化し、高度1万4,000フィート(4,267m)でも車体を確実に地面に密着させるためのものだ。

ロマン・デュマというドライヴァーの選択も正解だ。16年のル・マンでは、ポルシェの「919ハイブリッド」で優勝を飾ったが、耐久レースで忙しくないときには、自らヒルクライム車を設計していたという。

このほどフォルクスワーゲンが披露したEVのモンスターマシン「I.D. R Pikes Peak」。PHOTOGRAPH COURTESY OF VOLKSWAGEN

そして本業のル・マンが終わったわずか1週間後には、パイクスピークでも最速タイムを叩き出し、2度目の総合優勝を果たしたのだ。パイクスピークでは続く17年にも優勝したが、今年は強力なバックアップが付くことになる。

VWはEVの新記録をつくることを目指している。つまり、リース・ミレンが16年にラトヴィアのレースカーメーカーDrive eOの「PP100」で達成した8分57秒118を切るのだ。ちなみに、デュマは16年にNorma Auto Conceptの「M20D」(こちらはガソリン車だ)で8分51秒455を記録している。

パイクスピークの最速記録は、13年にセバスチャン・ローブが叩き出した8分13秒878だ。VWがこれを念頭に置いているかはわからないが、ローブが乗っていたプジョー「208 T16 Pikes Peak」の車体重量は875kgとより軽く、ターボチャージャーの付いたV型6気筒エンジンの出力も652kW(875馬力)とI.D. Rを上回っている。ただ、ガソリンエンジンは高度が上がって大気が薄くなるに従いパワーを失うのに対し、バッテリーと電気モーターにはそうしたことは起こらない。

22日のお披露目に続き、アレスで2週間の試験走行が始まった。デュマは「完成したI.D. Rを初めて運転することができて非常に嬉しく思っています」と話している。「ゼロからこのクルマをつくり上げたVWの努力に大きな敬意を表します。以前に写真を見たことはありましたが、実物はさらに素晴らしい仕上がりです。忙しいスケジュールが待っていますが、I.D. Rで走るすべての瞬間を楽しみにしていますよ!」

チームは6月24日から始まる本番に向けて、6月にはコロラド入りする予定だ。すべてが順調に進めば、彼らが世界で最も難しいモーターレースのひとつにどう取り組んでいくかが見られるだろう。