「パイロットも酔う」ほどの暴風が襲った米東海岸 “安全着陸”が至上命題のコックピットでいったい何が? その技術に迫る - 産経ニュース

「パイロットも酔う」ほどの暴風が襲った米東海岸 “安全着陸”が至上命題のコックピットでいったい何が? その技術に迫る

 3月上旬に米東海岸を暴風が襲った。ワシントン・ダレス国際空港に着陸した旅客機は激しい強風で機体が揺さぶられ、パイロットも酔うほどの揺れだったという。こんなとき、「安全な着陸」が至上命題となるコックピットでは、いったい何が行われているのか。その“芸術的”ともいえる着陸技術に迫った。

PHOTO: GETTY IMAGES

今度、飛行機の旅で文句を言いたくなったら(そう、次に飛行機に乗るときだ)、3月2日にワシントン・ダレス国際空港に着陸しようとした、あるパイロットからの報告を思い出してほしい。物事を広い心で受け入れられるようになるはずだ。
「降下中の揺れが激しい。機内のほぼ全員が吐いた。パイロットも吐きそうだ」
この悲惨な国内線ボンバルディア機内の掃除を任された清掃クルーたちは、米国東海岸を襲ったノーイースター(米北東部やカナダ大西洋沿岸を襲う嵐。強い北東風を巻き込んで発達する温帯低気圧)による犠牲者のうち、ほんの一部でしかない。
風速30mにもなる、この猛烈な強風は大規模な停電を引き起こし、鉄道や橋は運休や閉鎖を余儀なくされた。そして飛行機は、まるでベビーベッドの上で赤子をあやすモビールのごとく、激しく揺れたのだ。
■少しの角度で成否が分かれる
嵐を楽しいと思う人間なんていないだろう。いや、もしかしたら、パイロットは例外かもしれない。「結構楽しいんですよ」と、職業パイロット兼航空コンサルタントのダグ・モスは言う。コックピットの外にいる人はそうは思わないだろう。「ほかの人にとっては、気を失うほど恐ろしい体験でしょうね」
巡航中、パイロットは飛行経路を少し変更すれば、ほとんどの乱気流を避けられる。しかし、滑走路は動いてくれない。空から地上までの経路はたったひとつだ。つまり、飛行機は機体を激しく揺らす横風のなか、着陸するしかないのである。
怖そうでしょう、とモスは言う。しかし、有能なパイロットにとっては舵と翼の操作方法の問題でしかない。
風が穏やかなときには、機体の中心線を滑走路と並行にし、徐々に減速しながら降下する。そして、最後の瞬間に少し機首を上げ(「フレア操作」という)、着陸する。最後に機首を上げるのは、沈下速度を落として着陸の衝撃を和らげるためだ。
ところが、強い横風は着陸しようとする機体をコースから外してしまう。

2017年10月下旬、サイクロン「ハーワート」が中欧諸国を襲った。激しい横風のなか、オーストリアのザルツブルク空港に着陸しようとする飛行機の様子をまとめた動画。

滑走路に進入するとき、パイロットは「クラブをとる」。機首を風上に向けるため、滑走路に対して左右どちらかに振る操作のことだ。機体がまるでクラブ(蟹)のように横に向かって進むため、こう呼ぶ。こうすることでコースを外れなくてすむ。
機体を減速させながら降下する間は、機首をさらに風上に向ける。パイロットたちは、経験と試行錯誤をもとに最適な角度を探す。
地上15~30メートルまで降下し、機首を上げて車輪を下ろす寸前まできたら、パイロットはクラブから「スリップ」へとテクニックを変える。ラダーペダル(方向舵)を使って、天候が穏やかなときと同様に機体を滑走路と平行にするのだ。
ただ、横風への対応策として、補助翼(主翼の先にあるパタパタする部分だ)を操作し、機体を風上側にバンク(横転)させる。
この状態では機体が水平になっていない。場合によっては片側の車輪を反対側の車輪より先に地上につける必要がある。そこで、飛行機の種類に応じて、着陸時に安全な操作ができるとされる横風の強さが決められている。
■もうひとつの技術「やり直し」
「実に巧みな操作なのです」とモスは言う。「飛行技術」とは、こうした操作すべてをスムーズに行い、乗客を安全かつエチケット袋を使わせることなく着陸することだ。最近のオートパイロットシステムもかなり近い操作をこなせるが、一定以下の風速でしか使えない。ひどい強風では、人の手が必要になる。
パイロットが訓練を始めるとき、まずこの一連の動きを練習するのはこのためだ。「航空会社に就職するころには、体が自然に動くくらい操作に慣れていなくてはなりません」とオハイオ州立大学の航空学研究センター(Center for Aviation Studies)で専任講師を務めるブライアン・ストゥルゼンコウスキーは言う。訓練の多くはシミュレーターを使って行われ、パイロットは約6カ月に一度、技術を訓練し直す。
訓練に限らず、実際の着陸でも計画に変更が生じる場合もある。角度を間違えたり、着陸に不安を感じたりしたとき、パイロットは再び上昇してくるりと一周し、もう一度、着陸をやり直すのだ。
「着陸はやり直しが生じるもの、というつもりでいるよう、生徒には厳しく言って聞かせるようにしています」と、ストゥルゼンプコフスキは言う。「常にそのつもりでいれば、突然、ゴーアラウンド(着陸復行、着陸をやり直すための再上昇)をすることになっても焦りません」
コックピットでの経験があっても、着陸時に横風を受けると機体は簡単に横滑りしてしまう。このルフトハンザ航空のエアバスA320の着陸を見てほしい。地上付近で翼に横殴りの風を受け、着陸をやり直すために再び上昇している。
こうした事態が生じるため、航空会社は安全を確保するためなら、どんな臆病者よりも神経質になる。風がひどくなれば、彼らはもっと大胆な対策を講じる。飛行機を地上にとどめておくのだ。
3月2日のノーイースターによって、約3,000のフライトが欠航になった。多くの乗客と、楽しいことが大好きな数人のパイロットにとって、新しい不満の種になったと言えるだろう。