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【ビブリオエッセー】いつかマントを脱ぐ日 「ハリー・ポッターと死の秘宝」J.K.ローリング作 松岡佑子訳(静山社)

 ハリー・ポッターが面白いことは世界中の誰でも知っているよ、と言われそうだが、それを言いたいわけではない。私の心に刺さったのはこのシリーズ最終巻に出てくる「三人兄弟の物語」。吟遊詩人ビードルが書いた「死の秘宝」にまつわるお話だった。

 それは挿話で、魔法使いの三兄弟が旅の途中で「死」(死神のような存在)と戦って、三つの秘宝を手に入れる物語だ。一番目は決闘すれば必ず勝てる「ニワトコの杖」。二番目は死者を呼び戻す「蘇りの石」で、三番目は誰からも、「死」からでさえ身を隠すことのできる「透明マント」だった。

 長男は杖、次男は石を望み、さっそく使うがたちまち死に至る。マントを手に入れた三男は「死」から逃れ、十分に生きて年老いた時、自らマントを脱いだ。そして「死」を古い友人として迎え、喜んで世を去る。

 私の恩師が大病を患われたと聞き、先日、数十年ぶりにお会いした。「倒れた時はもう死ぬのかなと思ったの。でも絶対に死にたくないとも、苦しいから早く死にたいとも思わなかったわ。その時、ああ、私はもう十分に生きたんだと思ったのよ」。そう話された。

 たぶん恩師は透明マントを脱ぎかけたのだと思う。その後は回復され、お元気になられた。「死」から、もう少しこの世にいなさいと言われたのかもしれない。

 ハリー・ポッターの最終巻は死の秘宝をめぐりハリーと宿敵ヴォルデモートが最後の戦いを繰り広げる。医師という仕事柄、ひたすら人を生かそうと努める私たちだが、自分が思い切り生きたと満足したいつの日か、「死」を古い友人として穏やかに迎えられるだろうか。そんな感慨を抱きつつ、人生について考えた。

 京都市北区 ドクターA 61

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