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【ビブリオエッセー】あの人を心の底から笑わせたい 「天下一の軽口男」木下昌輝(幻冬舎時代小説文庫)

 560ページ弱の文庫本の裁断面には細い縞模様が入り、二色に分けられている。白が本編、グレーは各章を語る口上のページで書体も変えてある。「とぉおざぁぁいぃぃ とぉぅざぁぁぃぃぃ」と威勢よく始まる物語は「軽口男」、米沢彦八の生涯。江戸時代、難波村の商家に生まれた「辻咄」の名人で、京の露の五郎兵衛とともに上方落語の祖と言われる。

 江戸初期の笑話集『醒睡笑』を著した安楽庵策伝の二代目という田島藤五郎や江戸落語の祖とされる鹿野武左衛門ら草創期の「落語家」たちがにぎやかに交差するこの小説。章を重ねるにつれ、江戸と大坂で発展した落語の歴史を、二都市を往来する彦八の目線で追う。

 「難波村に彦八あり」と言われた少年時代から、彦八はほのかに想う人を心の底から笑わせたかったのだ。その後、江戸で辻咄を目のあたりにし、一度は座敷芸人としての野心も抱くが夢破れて大坂で再起をかけた。舞台は芸人たちが辻咄を競う大坂・生國魂神社。ここで自ら考案した大名の物まね芸が大当たりする。

 生まれもった才能のゆえ、行く先々で妬みや理不尽な仕打ちを受けるたびに「想い人の笑い泣き」を思い出しては立ち上がる彦八。「笑いで人を救いたい」という願いを書物で実現させた策伝と同じように、彦八もまた名声や人気などより目指す先には誰かを元気づけたいという真心があった。

 生國魂神社の境内には今、米沢彦八の碑が立っている。ここにあまたの芸人が集い、しのぎを削った時代。民衆はひととき、浮世の憂さを忘れて抱腹絶倒した。

 終盤、観衆の中に、齢を重ね、孫の手を引くあの人の姿があった。私も往時を思いながら、この物語に重ねて境内を歩いてみたい。

 兵庫県川西市 大村昌 47      

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