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司馬遼太郎さん「菜の花忌」四半世紀を経ても人々の指針 対話ノートにファンの思い

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 「竜馬がゆく」「坂の上の雲」などの歴史小説で知られる作家、司馬遼太郎さん(1923~96年)が死去して12日で25年を迎えた。司馬さんが菜の花をこよなく愛したことから「菜の花忌」と名付けられた命日のこの日、司馬遼太郎記念館(大阪府東大阪市)では来館者に菜の花が配られた。新型コロナウイルスの影響で入館者数は減少したが、館内にある「対話ノート」にはファンによる寄せ書きが絶えない。司馬作品は、四半世紀を経てもなお現代人の指針であり続ける。

(横山由紀子)  

 《世界中が未知のウイルスに蹂躙(じゅうりん)された今、日本が再び立ち上がり、世界を変えていくために、あなたの残した作品は必要なのです》

 対話ノートには、コロナ禍でも希望を見いだそうとする来館者のメッセージがつづられていた。ノートが置かれたテーブルには、菜の花がそっと飾られている。

 通常は年間入館者数が2万6千人ほどだが、コロナの影響で昨年春の緊急事態宣言時には約2カ月間の休館を余儀なくされ、再開後も減少したままだ。それでも、来館者は対話ノートにさまざまな心境を記している。

 ノートは平成13年の開館当初から置かれ、100冊近くに上る。元警察官の71歳の男性は、若い頃に読んだ作品への思いを書き込んだ。

 《学生運動が激化していた昭和46年に警察学校に入り、その後『坂の上の雲』を読みました。警察官とはいかに在るべきかを考えている時期に、ひたむきに人々のために働くという意思が強くなり(中略)警察人生を全うすることができました》

 「日本人とは何か」を問い続けた司馬さんの歴史小説や評論、エッセーは、とりわけ戦後の高度経済成長期を生きた人々の精神的支柱となった。そして今、コロナ禍にあっても多くの人々を勇気づける。

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