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凄惨な「現場」も名探偵の世界観 検定試験もある生誕の地

金田一耕助にふんした全国のファンが集まった「巡・金田一耕助の小径」の記念写真=令和元年11月(岡山県倉敷市提供)
金田一耕助にふんした全国のファンが集まった「巡・金田一耕助の小径」の記念写真=令和元年11月(岡山県倉敷市提供)
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 ミステリー作家、横溝正史(1902~81)が第二次大戦中に疎開した岡山県の旧岡田村(現倉敷市真備町)。名探偵・金田一耕助の“生誕地”として、地元では毎年、小説ゆかりの地をめぐるツアーや仮装大会が行われている。新型コロナウイルス禍でこうした催しは中止を余儀なくされているが、個人でめぐるクイズラリーや小説の知識を競う「検定試験」など、工夫を凝らした取り組みが続けられている。

“殺人現場”思わせる疎開先

 横溝は終戦間近の昭和20年春、東京から縁故をたどって旧岡田村に疎開。金田一耕助が初登場する「本陣殺人事件」を執筆した。滞在は3年に及び、「八つ墓村」「犬神家の一族」などの代表作も手がけた。横溝は地域の人々から岡山で発生した悲惨な事件や独特の因習を学んだといい、作品は岡山を題材としたものが多い。

 疎開宅は田畑の広がるのどかな集落の一角にある小さな一軒家。長く閉鎖されていたが、平成8年の映画「八つ墓村」(市川崑監督)の岡山ロケ以降、地域おこしの機運が高まるなかで修復され、14年に一般公開された。横溝が書斎としていた6畳間からは、庭木や岩が所せましと並んだ庭を望む。本陣殺人事件で惨劇の場となった離家(はなれや)を思わせる光景だ。

 周辺は横溝の散歩道だった。人気の少ない道を行き、外周1キロほどの「岡田大池」にたどりつくと、ほとりの道沿いに、風呂敷を背負い腰を曲げた老女の像が立っている。村に伝わる唄になぞらえ、次々と娘たちが殺される「悪魔の手毬唄(てまりうた)」の重要人物「おりん」だ。像の近くには地蔵があり、作中の殺人現場「六道(ろくどう)の辻(つじ)」を連想させる。

 地域に小説の世界が広がっているかのようだが、像が整備されたのは24年で意外に最近のこと。疎開宅を持ち回りで管理している地域住民の一人、田村勇さん(75)は「イベントがあったことで、地域としては以前よりも横溝作品へのなじみが強まっている」と説明する。

1000問の金田一耕助

 地元では21年、倉敷市や周辺市町でつくる実行委員会が「巡・金田一耕助の小径」と題し、小説ゆかりの地を訪ねるバスツアーや登場人物に仮装して疎開宅周辺を歩くイベントをスタート。全国からファンが訪れるようになった。

 令和元年11月に行われた「~小径」の仮装には全国から過去最多の143人が参加。はかま姿の金田一や、犬神家の一族に登場する犬神佐清(いぬがみすけきよ)らにふんした人たちでにぎわった。

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