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災害時、選んだ曲は…ラジオが癒やす心

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 災害時のラジオ放送では、被災者の生活を支える情報提供・報道が最優先され、音楽は空いた時間を埋めるだけと思われがちだ。しかし大規模災害を経て、音楽には人の気持ちを落ち着け励ます効果があることが浮き彫りになった。どんな音楽が求められ、必要とされるのか。ラジオ局は、心の動きを推し量りながら放送に臨む。  (粂博之)

確かめながら流した

 「よし、この曲でいこう」。平成7年1月の阪神大震災直後、Kiss FM KOBE(神戸市中央区)では、音源を保管しているレコード室にスタッフが集まっては、楽曲を聴いて確かめながら、放送するかどうかを決めていた。

 Kissは報道部門を持たないため、ニュースは通信社からの配信記事が中心。平成2年の開局以来、「音楽ありき」のラジオ局だ。当時チーフプロデューサーだった大谷知史(さとし)さん(64)は、「音楽をかける(放送する)かどうかの議論はなかった。どうかけるか、だけを話し合った」と振り返る。

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 局内での議論を経て「被災者の感情を逆なでしないように」「暗くならずに希望が持てるように」「別れ、死をイメージさせるものは厳禁」といった方針を確認して放送に臨んだ。

歌入りは1週間後

 まず、楽器だけのインストルメンタル曲を選んだ。歌詞があると不要な動揺を招きかねないと判断したからだ。ただし「静かなクラシックばかりではだめ。Kissらしさが必要だ」とスタッフやDJの音楽知識、所有するCDも総動員した。

 歌入りは震災1週間後あたりから流し始め、洋楽から徐々に日本語の歌、とそろりそろりと広げていった。一方で、リクエスト受け付けのために震災以前から番号を公開していたファクスには、道路の状態や店舗の営業時間など生活情報も次々と届けられ、番組で取り上げるようになった。

 局には「冷静な情報提供と静かな音楽」を評価する声、「抑えないで普通にやってほしい」という要望が寄せられるようになった。リスナーそれぞれとの間に築いた関係が、息を吹き返し始めたのだ。

阪神大震災当時のリスナーからのファクスをまとめたKiss FM KOBEの記録誌=大阪市北区
阪神大震災当時のリスナーからのファクスをまとめたKiss FM KOBEの記録誌=大阪市北区
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 放送内容の「復旧」は、2月14日のバレンタインデー特別番組が一つの区切りになった。震災発生から1カ月もたたないのに浮かれているように思われないか、との懸念はあった。だが放送後、苦情は1件もなく、寄せられたのは、元気になった、励まされたという声ばかり。「ポップスの大部分はラブソング。被災地でも、それを聴けるようになっていた」

被災者に寄り添って

 被災者の気持ちを推し量って音楽を選び、リスナーと向き合った日々。大谷さんは、音楽放送の作用には「鎮静」「激励」「刺激」「落胆」の4類型があるとラジオマンたちは感覚的につかんでいたのではないか、と振り返る。そして「鎮静から激励に向かうように選曲することが重要。落胆や刺激の方向にいかないよう注意しなくてはならない」と話す。

 関西大学社会学部の小川博司教授(メディア文化)は「ラジオ局が『ケア』という感覚を持つようになったのは阪神大震災からだろう」と指摘。パーソナリティーとリスナーが向き合っているような雰囲気を醸すラジオは「放送局が細心の注意を払っていることが伝わりやすい」と分析する。

 東日本大震災では、不安を募らせる子供にはアニメ『アンパンマン』のテーマソングが人気で、大人たちには、ふるさとの情景が浮かぶ校歌が好まれたといい、小川教授は「ラジオ局の選んだ曲はリスナーへの贈り物といえる」と話す。

小曽根真さん「コロナ禍でも力を実感」

 平成2年から9年近く、Kiss FM KOBEの番組でジャズを紹介していた神戸出身のピアニスト、小曽根真さんも、阪神大震災後、どのタイミングで普段の番組を再開させるかについて悩んだ一人だ。

「ラジオには日常を取り戻す力がある」と話す小曽根真さん(中村風詩人さん撮影)
「ラジオには日常を取り戻す力がある」と話す小曽根真さん(中村風詩人さん撮影)
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 故郷での震災発生を知り、休暇を過ごす予定だった海外から急遽(きゅうきょ)帰国。被災したKissの本社に駆けつけ、震災関連情報を流し続けるスタッフを手伝った。だが、毎週日曜日午後9時から生放送していた自身の番組「OZMIC NOTES(オズミック・ノーツ)」は、1月から2月にかけて休止が続いた。

 「日常がないのは寂しいよね。もうそろそろ立ち上げようか」

 3月の第1日曜、約1カ月半ぶりの番組の始まりを知らせるジングルが鳴った瞬間、局のファクスからはき出される紙が止まらなくなった。「待ってました」の声があふれた。リスナーからリスナーへの伝言を読み上げたり、なじみのレストランの弁当販売など街の情報を知らせたりしながら、元気になれる曲をかけ続けた2時間。

 「みんな頑張ろなー」と小曽根さんは呼びかけた。放送前に抱いた、再開にはまだ早いかも、という心配は吹き飛んだ。音楽のある日常をみんなが待っていたことを痛感した。

 「日常が安心につながるはず」。昨年、新型コロナウイルス感染拡大を受けて、再びこの思いを強くしていた。4月、緊急事態宣言が発令されると、53日連続で毎晩午後9時から、女優で妻の神野三鈴さんと一緒に自宅からコンサートのライブ配信を行った。未曽有の事態の中で、聴いてくれる人に毎日、音楽がある日常を届けたかった。「日常を取り戻すための力がラジオやライブ配信にはある」。今、あらためてそう感じている。

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