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リスナーと結んだ絆 災害時、ラジオの役割は

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 平成7年1月17日に起きた阪神大震災では、ラジオから間断なく流れる声が、リスナーの貴重な情報源となった。被害が大きかった神戸に拠点を置く放送局、ラジオ関西は当時、須磨区にあった社屋が全壊判定される被害を受けながらも、地震発生直後から69時間連続で被災地の情報を流し続けた。当時の状況を振り返ると、災害時のラジオの真価が見えてくる。  (渡部圭介)69時間連続、震災特別放送

 午前5時46分の地震発生直後、生放送中だった番組が停止した。スタッフの頭には「停波」という最悪の事態もよぎったが、幸い送信施設は無事で、電波は途絶えていなかった。6時ごろには放送を再開。ここからCM抜きで69時間震災特別報道が続けられた。

阪神大震災が起きた直後のラジオ関西の社屋内。壁が落ち床はがれきで覆われた。社屋は全壊判定を受けた(ラジオ関西提供)
阪神大震災が起きた直後のラジオ関西の社屋内。壁が落ち床はがれきで覆われた。社屋は全壊判定を受けた(ラジオ関西提供)
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 アナウンサーの三上公也さんは街に飛び出してリポートを試みた。ガスのにおい、炎を上げる家屋、倒壊したビル。「被害の全容が見えない中、情報を点でつないでいくことで精いっぱいでした」と振り返る。

 局に連絡しようと電話ボックスに駆け込むと、「733・0123」と走り書きしたメモが張り出してあった。ラジオ関西のリクエスト受け付け番号。携帯電話も普及していない時代に、自分の安否を大切な人に知らせるために、市民がラジオを必要としていた。

 「寄せられた安否情報も伝言板のように放送し続ける。それも私たちの役割でした」

満身創痍、でも放送は続ける

 ラジオ関西は当時から東京のキー局を中心とした全国ネットワークに所属していない。地元に根を張る放送局として「やれることをかたっぱしからやっていた」とアナウンサーでもある報道制作部部長の林真一郎さんは回顧する。だが、現実は満身創痍(そうい)だった。

 「こんな状態でよく一昼夜、放送をつなげられたと思いました」。林さんがなんとか社屋にたどりついた18日朝、ビルと地面の間には隙間があり、建物が宙に浮いているようだった。床には崩れた壁のがれきが積み上がっていた。

 後に全壊判定を受ける社屋から放送を継続するのは危険と判断し、代わりのスタジオを探すことに。隣接するテナントビル内にはアナウンサー養成用のスタジオがあった。必要な機材を持ち込み、送信所との回線を接続。さらに、スタジオを備えたプレハブの仮設社屋を突貫工事で整備し、ラジオの音を守り続けた。

東日本大震災で見えたもの

 混乱の中で守り続けた放送だが、「神戸をひとくくりに被災地と呼ぶな」という、リスナーからのはがきで、伝える難しさを考えた。地域ごとに被害の差があり、日常の放送に戻ることを強く願う人もいた。リスナーとの距離感の近さを強みにするラジオだけに、一人一人の思いにどう応えていくべきか、葛藤を抱えながら放送を続けた。

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 葛藤に対する答えは出ていない。だが、ラジオの役割を改めて見つめ直す機会があった。平成23年の東日本大震災だ。

 ラジオ関西は、被害が大きかった太平洋沿岸部に駆けつけ、臨時のコミュニティーFM放送局の立ち上げなどを支援し、林さんも現地に赴いた。福島のリスナーからの「停電で真っ暗の中、ラジオから聞こえた温かい声があったから頑張れた」という声も耳にした。

 「災害が起きたときラジオを聴いてもらうには、日ごろの人々との付き合い方、向き合い方が問われると思うんです。ラジオは人間くさいメディアなんでしょうね」と林さん。人間くさいラジオだからこそ、その声は心に響き、心を支える。

 AM波は地中の水分量が多いほど電波の送信効率が良くなる。そのため、送信所を海や川の近くに置いているAM放送局は多い。ただ、津波などで送信所が機能不全に陥ったとき、どうやって放送を守るか。経営環境が厳しいAM局にとっては大きな課題となっている。関西ではラジオ関西(神戸市)▽ラジオ大阪(OBC、大阪市)▽京都放送(KBS、京都市)▽和歌山放送(WBS、和歌山市)-の4局で、災害時に放送が途絶えたときに電波やスタジオを融通しあう連携協定を結んでいる。

防災ラジオステーションを宣言

 一方、ラジオ大阪は1月15日、リスナーとともに防災意識を高める「防災ラジオステーション」を宣言する。今年は年4回、特別企画「明日のために、今できること」を放送。今後も災害の記憶を風化させることなく、防災意識を高める放送に取り組む。

神大震災が起きた直後のラジオ関西の社屋内。壁は亀裂が入って崩れ、中の鉄筋が露わになった。社屋は全壊判定を受けた(ラジオ関西提供)
神大震災が起きた直後のラジオ関西の社屋内。壁は亀裂が入って崩れ、中の鉄筋が露わになった。社屋は全壊判定を受けた(ラジオ関西提供)
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 宣言を行う15日は、朝から夕方にかけての3つのワイド番組で「明日のために-」を放送する。おなじみのパーソナリティーたちがおすすめの防災グッズや、家族や地域内の防災活動のあり方などについて、専門家を招きながら紹介。和田麻実子アナウンサーが「防災士」の資格取得を目指す企画もスタートする。

 特別企画は東日本大震災(平成23年)と、大阪北部地震(30年)がそれぞれ起きた3月11日と6月18日、さらに「防災の日」で関東大震災(大正12年)が起きた9月1日にも放送予定。このほか普段からコマーシャルやSNSを使った啓発にも取り組む。OBCは「自然災害は防ぐことはできないが、備えることで命を守ることができる。放送を通じてリスナーに防災意識を高めてもらいたい」としている。 

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