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入館1千万人突破 カップヌードルミュージアム 百福のベンチャー精神に学ぶ

 昭和33年、世界初の即席麺「チキンラーメン」を発明した日清食品の創業者、安藤百福(ももふく)(1910~2007年)ゆかりの「カップヌードルミュージアム 大阪池田」(大阪府池田市)が10月、入館者延べ1千万人を突破した。今年は新型コロナウイルスの感染拡大を受けて4カ月休館を余儀なくされたが、再開後は連日数百人が訪れて賑わっている。子供たちからお年寄りまで人気が沸騰するわけは? ま、とにかく足を運ぶしかない、とチキンラーメン発祥の地に向かった。 (高橋義春)

5年おきにヒットの法則

 阪急電鉄池田駅近くの住宅街を抜けると、デーン! とカップヌードルミュージアムの建物が現れた。

作ることのできる味は5400種以上
作ることのできる味は5400種以上
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 入館した途端に迫ってくるのがインスタントラーメン・トンネルだ。歴代の即席麺のパッケージが壁から頭上にまでおおいかぶさる。その数約800種。

 「日清食品は、ほぼ5年ごとに大きな商品を開発しているんですよ」と、広報部主任の川手淑栄(よしえ)さんが案内してくれた。

 「日清焼きそば」(昭和38年)、おかもちを持った少年の「出前一丁」(43年)、世界初のカップ麺「カップヌードル」(46年)、うどんタイプの「どん兵衛」(51年)やカップ焼きそば「U.F.O」(51年)の登場…。確かに。ほぼ5年おきにロングセラーとなる商品を出し続けているとは驚かされる。

 世界初の即席麺を作り出し、生涯、発明と挑戦を続けた安藤百福の歩みに重なる導入部分だ。

気恥ずかしいと固辞・・・

 ミュージアム設立の構想は日清食品が創業40周年を迎えた平成10年に浮上した。ところが、当時まだ存命だった安藤は、当初、計画に消極的だったという。

 日清食品ホールディングスの大口真永(まさなが)広報部長は「創業者に提案したところ、最初は『自分の足跡を顕彰するのは気恥ずかしい』と固辞したようです」と明かす。「その後なんとかOKが出て、プロジェクトが進みました」

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 今は延べ床面積3422平方メートルの広々とした空間だが、11年の開館当時はその約半分。1階が即席麺についての展示スペース、2階はセミナーホールだった。このホールに製麺機を運び込んでチキンラーメンの手作り体験工房を始めたところ、予約が3カ月先まで満杯になるほど評判に。開館当初を知る川手さんは「当時、ホールを会議室として利用することもあり、そんな時は製麺機を撤去しなければならず、室内の転換が大変でした」と振り返る。

 16年には、オリジナルのカップヌードルが作れる工房「マイカップヌードルファクトリー」を加えるなど建物をどーんと拡張。開館当初の年間入場者数は十数万人だったが、18年度は約41万人、26年度は約64万人と順調にその数を伸ばし、安藤夫婦がモデルになったNHK連続テレビ小説「まんぷく」が放送された30年度には約91万人に達した。

90代で宇宙食

 壁面展示の「安藤百福とインスタントラーメン物語」や「カップヌードルドラマシアター」では、48歳でチキンラーメンを開発した安藤がアメリカ視察旅行で、現地のスーパーマーケットの販売担当者が紙コップに麺を割り入れ、湯を注いで食べているのを見て「カップヌードル」を着想したエピソードなどを披露。最晩年、90歳代になっても宇宙食ラーメン「スペース・ラム」を開発するプロジェクトチームを率いたことも紹介している。「人生に遅すぎるということはない」。そんなメッセージが63歳を迎えた私にも、ズキュンと響いてきた。

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 最後に、人気のマイカップヌードルづくりを楽しもうと「マイカップヌードルファクトリー」を訪れた。

 「パパ、青をとって。ママ、赤をかして」。色とりどりのマジックペンを手にした子供たちの明るい声がはじけていた。楽しそうな家族連れから距離をあけ、早速、マイカップヌードルづくりに挑戦。阪神タイガースファンでもあるし、迫力ある猛獣のトラのデザインを試みたのだが、時間をかけたわりには“トラもどきのネコ”という感じになったが、工程を進める。

 4種類のスープの中から1つを選び、12種類の具材から4つをトッピング。「味の組み合わせは合計で5460通りあるんですよ」と驚かされながらスタッフにパッケージを手伝ってもらって「マイカップヌードル」を無事、完成させることができた。

即席麺やカップ麺など約800種類のパッケージを紹介するインスタントラーメン・トンネル
即席麺やカップ麺など約800種類のパッケージを紹介するインスタントラーメン・トンネル
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 隣では、母親と子供たちが複数の味のマイカップヌードル作りを楽しんでいた。10年ほど前から何度も足を運んでいるといい「体験することが食育につながるのかな」と笑顔だ。川手さんも「手作りを体験してもらうことで、改めて食に向き合ってもらおうと思っています」と話す。

 誰もが簡単にお湯をかけるだけでもおいしく食べられるようにと発明されたチキンラーメン。そのルーツと歩みを知ることができるミュージアムには、老若男女を励まし、わくわくさせる力があった。

 新型コロナの影響で、チキンラーメンの手作り工房や即席麺の研究小屋を再現した建物内部の見学などは休止中。体験できなかったのは残念だが、再開されれば、今度は普段着で訪れたい。

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