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米国の航空図、竹島は「日本領」明記 講和条約反映か

竹島(西洋名・リアンクール岩礁)と鬱陵島の間に国境線を記し、竹島側を「JAPAN」と記した1953年発行の「米国空軍航空図」(米国国立公文書館所蔵
竹島(西洋名・リアンクール岩礁)と鬱陵島の間に国境線を記し、竹島側を「JAPAN」と記した1953年発行の「米国空軍航空図」(米国国立公文書館所蔵
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 領土問題の調査研究などを行う公益財団法人「日本国際問題研究所」(東京)は23日、韓国が不法占拠する竹島(島根県隠岐の島町)が日本領であると明確に記した1953(昭和28)、54(同29)年の米国政府作製の航空図2枚が、米国国立公文書館で見つかったと発表した。サンフランシスコ講和条約発効(52年)直後の竹島を日本領と示す同政府の航空図が確認されたのは初めてという。専門家は「講和条約で竹島の日本保持が確定したとする日本の主張を補強する重要な資料」としている。 

 同研究所は島根大の舩杉力修(ふなすぎ・りきのぶ)准教授(歴史地理学)に依頼し、竹島関係の古地図を調査。委託を受けた民間調査会社が同公文書館で大戦後の航空図など約100点を調べた。

 見つかった2枚は、米空軍が53年12月に発行した「米国空軍航空図」(縮尺50万分の1)、54年9月の「米国空軍・ジェット機用航空図」(同200万分の1)。米国製航空図は世界のほぼすべての地域を網羅し、民用、軍用に広く使用されたという。

 いずれも西洋名の「リアンクール岩礁」と書かれた竹島と韓国・鬱陵島(うつりょうとう)の間に点線を引き、竹島側に「JAPAN」、鬱陵島側に「KOREA」と記していた。点線について地図の凡例は53年が国境線、54年は島の主権の境界線と説明。講和条約調印前に発行された版には点線がなく、舩杉准教授は今回の2枚について「条約の内容が反映されたとみられる」としている。

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