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【一聞百見】「藤井棋聖レベルは普通」 糸谷哲郎八段が予測する「アフター藤井」の世界

 将棋は早指し巧者で知られる糸谷さんだが、読書の速さも尋常ではない。新幹線の移動中にでも何冊もの文庫本を読んでしまう。「床に積み上げていましたがさすがに収容できなくなり、いまはキンドル(電子書籍)で読んでいます」。将棋は伝統を保ちながら革新する。かつて勝負師ともいわれた棋士たちはいま、知的競技者となった。

■AI新時代にも

 「セイバーメトリクスって聞いたことありますか」。伝統を受け継ぐ将棋棋士、糸谷さんの口から、カタカナ用語が頻繁に飛び出すのがおもしろい。

 「野球選手の革新的な評価方法です。これまで重視されてきた打率とか打点よりも出塁率をみるなど、多様なデータを使い評価軸を変えました。将棋でもこれまで人間の感覚でとらえていたことがデータ化され、実証的になってきた。最善とされてきた手がそうではないとされるなど、常識が覆されてきているのです」

 セイバーメトリクスは米野球学会(略称SABR)と測定基準(metrics)を合わせた造語。1970年代から提唱されたが、米映画「マネーボール」(2011年)では、ブラッド・ピット演じる弱小球団のマネジャーがこれを活用して強豪に育てる様を描いて注目を集めた。

13時間半に及ぶ対局の翌日だったが、疲れた表情はまるでなかった=大阪市福島区(恵守乾撮影)
13時間半に及ぶ対局の翌日だったが、疲れた表情はまるでなかった=大阪市福島区(恵守乾撮影)
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 パソコンが手軽になったいまは、あらゆる世界で感覚や勘といったあいまいな物差しは後退している。「人間の力ではできなかった膨大な対局の分析が、コンピューターの力を借りることで整理できるようになりました。棋士が将棋ソフトで戦法を研究するのはいまや常識です」

 小学校に入った年に基本ソフト、ウィンドウズ95が発売され、インターネットが子供のときからある時代に育った。小学4年で大阪にある日本将棋連盟の関西奨励会に入ったが、高校卒業までは地元の広島にとどまった。ネットのおかげで地方のハンディは少ない。「ネット道場で遠方のひとと対局しました。地方ではある程度強くなると対戦相手がいなくなるのが困るが、ネットだとどこにいようと関係ありません」。

 21世紀に生まれた藤井棋聖=王位=はさらに進んで、AIと対戦しながら腕を磨いた世代だ。スポーツ選手の科学的トレーニングと同様、棋士の訓練に科学的手法は欠かせない。進化を止めない将棋はいずれ、最年少二冠という快挙を成し遂げた藤井さんにも容赦なく襲いかかる。糸谷さんは、こう断言する。「今はありえない成果だとも言われていますが、2~3世代後には藤井さんの強さは当たり前になる。何かブレークスルーが起き、将棋の戦法が変わってしまう可能性もあるでしょう」

 平成29年に当時の佐藤天彦名人が将棋ソフト「PONANZA」に2戦2敗し、現役のタイトル保持者が初めてAIに完敗した。チェスや囲碁と同様、AIは将棋でも人間を追い越した。データを読み込んで自己学習するAIはもう、人間を敵とはしない存在だ。マシンに及ばないと知りつつ人間が競う将棋に、未来はあるのだろうか。

 「それはレベルの問題ではなくて共感の問題だと思います。たとえばロボットどうしが対戦するハイレベルのテニスの試合を、見続けたいと思いますか」。明らかに否だ。

 「限界がある人間が挑むから共感が生まれる。人間が人間に共感を抱く限り、人間が対局する将棋がなくなることはないでしょう」

【プロフィル】いとだに・てつろう 昭和63年、広島市出身。平成10年、森信雄七段門下で奨励会に入会。18年にプロとなり、同年の新人王戦で優勝。19年に大阪大文学部入学、同大学院に進みハイデッガーを研究。26年に竜王を獲得し、初の現役国立大院生タイトル保持者となった。現在、棋士会副会長。将棋普及のため関西の若手棋士や女流棋士でつくるユニット「西遊棋」の中心的存在で、「ダニー」の愛称で親しまれる。スイーツ好きで知られ、産経新聞朝刊に棋士と食をテーマにしたエッセー「棋食徒然」を連載中。

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