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【ビブリオエッセー】命をかけた明治女性の気概 「芙蓉の人」新田次郎(文春文庫)

 コロナ禍が続く中、また次の台風の発生や進路の情報にも注意が必要とあって、気の休まる時がありません。気象予報への関心が高まる今だからでしょうか、知人に薦められた『芙蓉の人』がとても心に残りました。

 私は長年の山本周五郎ファンで彼の人情話にぞっこんでしたから新田文学を読むのはこれが初めて。ドラマにもなったと聞きましたが迫真の実話小説でした。

 時代は明治。日本の気象観測発展のため富士山頂に観測所を設けようと妻と二人、冬の富士山頂で命がけの観測をした勇気ある夫婦の物語です。実現のためには厳冬期の富士山頂で観測の可能性を実証する必要がありました。信念に燃えて民間の観測所をつくろうと山頂の越冬観測をめざす野中到。夫を支えるため幼い娘を実家に預け、反対を押し切って夫の後を追った妻、千代子。到が冬期富士山頂の初登頂を成し遂げたのは明治28年でした。その偉業は後の観測所設置、越冬観測という想像を絶する目的の第一歩だったのです。

 山頂に観測所を建設し、入念な準備のうえで挑んだ越冬観測。しかし零下20度を下回る厳しい寒さも耐え忍ぶ大変な難事業でした。一人では体がもちません。千代子は女性の身でありながら食事など身の回りの世話はもとより観測の手伝いもやり続けたのです。

 新田氏は気象庁の職員として富士山観測所に勤務していた経験もあります。この実話を小説にまとめるにあたって、千代子さんの記した『芙蓉日記』がもっとも胸を打ったとあとがきで書いておられます。野中到を書くことは「野中千代子を書くことだと思った」、千代子は「明治の女の代表であった」と。

 「芙蓉の人」とは心まで美しい人だった一人の女性にふさわしい題名だと思いました。

 大阪府河内長野市 中畔美代子 77

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