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【ビブリオエッセー】今もきっといるリウーやタルー 「ペスト」カミュ著 宮崎嶺雄訳(新潮文庫)

 新型コロナ感染拡大の兆しが見え始めた頃、この本が売れていると知って読んだ。書名は知っていたがカミュを読んだのはずっと昔、『異邦人』だけだった。

 この小説は30代半ばの医師ベルナール・リウーの「記録」の形をとる。194*年のオラン。北アルジェリアの港町で当時はフランスの一県庁所在地だった。

 突然広がったペストのため町は閉鎖される。外との通信手段は電報だけ。「流刑」にたとえられた。その闘いはリウーには「際限なく続く敗北」に思えた。コロナ禍の今は読み続けるのがつらくてやめようと思ったとき、美しい場面に出会った。

 ジャン・タルーという謎の若者。ペスト蔓延の少し前、オランにやって来た。自ら進んで、リウーを支えて活動する。ある秋の夜、タルーは初めて自分のことを語る。次席検事であった父が被告人に死刑の宣告をするのを傍聴したという経験を。以来、「人を死なせたり、死なせることを正当化したりする、いっさいのものを拒否しよう」と決心するに至ったのだと。二人は「友情の記念」に海で泳ぐ。「いちめん月と星影ばかりの空」の下で。

 リウーは特別な技術や大きな使命感をもってはいない。疲労し、絶望しながらも医師として目の前の患者を救おうとするのだ。タルーは疫病収束の直後、ペストで急死する。虚しさとともに、リウーにはタルーへの共感が残った。

 最前線で闘っている医療関係者の方々に思いが及んだ。2020年にもリウーやタルーはいると信じている。戦争をペストになぞらえていると言われた小説だが、描いたのは時代を超えた人間の姿だろう。70年後にこんな実感を引き出す懐の深さに驚いた。

 東京都中野区 西山佳子 71

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