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コロナ下の祇園祭 1151年の歴史で初の神事「御神霊渡御祭」

輿丁の「まわせ」の掛け声に合わせ、八坂神社西楼門前の祇園交差点で3周する白馬=京都市東山区(田中幸美撮影)
輿丁の「まわせ」の掛け声に合わせ、八坂神社西楼門前の祇園交差点で3周する白馬=京都市東山区(田中幸美撮影)
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 7月、約1カ月間かけて行われた八坂神社(京都市東山区)の疫病退散の祭礼、祇園祭が31日の疫神社夏越祭ですべての神事が終了する。新型コロナウイルス感染拡大防止のためにハイライトの山鉾(やまぼこ)巡行と最重要神事の神輿(みこし)渡御が中止となり、代わりに行われたのが、祇園祭1151年の歴史の中で初めてとなる「御神霊渡御(とぎょ)祭」だった。(田中幸美)

 例年なら山鉾巡行で疫神を集めて町を清めた後、神輿に乗った「祭神」が同神社と御旅所(下京区)を行き来する。今年は祭神の乗る神輿が出せないため、「神籬(ひもろぎ)」(榊(さかき))がその代役を果たした。

 神霊を遷(うつ)した神籬を白馬の背に立て、森壽雄(ひさを)宮司(72)をはじめとする神職や、勅板などの神宝を奉持する筆頭氏子組織の宮本組ら約30人が渡御列を作って、17日と24日の2日間、神社と御旅所間を巡行した。

 24日午後6時、神霊が神社へと戻る渡御列が御旅所を出発した。時折激しさを増す雨の中、ずぶ濡れになりながら神社を目指した渡御列は神秘的で、感動的だった。

 この日の渡御のコースは、例年なら主祭神の素戔嗚尊(すさのをのみこと)を乗せた中御座の神輿が進むコース。御旅所を出発する直前には、中御座を担当する三若神輿(しんよ)会の輿丁(よちょう、担ぎ手)が集まり、神輿の掛け声「ホイットー」で送り出すサプライズ。

 渡御列は途中、祇園祭発祥の地とされる真言宗の寺院、神泉苑(中京区)に立ち寄った。鳥居前には雨の中たくさんの人が詰めかけ、神籬を乗せた白馬と神職が境内に入っていく様子を見守った。

 境内では鳥越英徳住職(70)が神道の作法に則り二礼二拍手一礼の後、疫病退散の祭文(さいもん)を読み上げ、薬師如来と善女龍王の真言を唱えた。善女龍王は824(天長元)年、弘法大師空海の雨乞いの修法によって雨を降らせた神で、神泉苑の池に棲むとされる。渡御列が神泉苑に到着する頃には雨は本降りとなり、まるで善女龍王が歓迎しているようだった。

 往時の神泉苑の東南端とされる八坂神社の境外末社、又旅社(同区)でも、「ホイットー、ホイットー」の声は途切れることなく続き、次第に輿丁たちが渡御列に加わった。2年後、後祭の山鉾巡行への完全復帰を目指す鷹山の会所前では、玄関で各自の距離を保ちながらマスクにそろいの浴衣姿の囃子方たちが祇園囃子のサプライズ演奏。

 クライマックスは午後10時ごろ、雨の中、渡御列が同神社の西楼門前の祇園交差点にやって来たとき。白の法被姿の輿丁が西楼門前にズラッと並んで、「ホイットー」の勇ましい掛け声で迎える中、同神社の弥栄雅楽会有志による荘厳な雅楽が奏でられ、時折銅鑼の音がゴーンと鳴り響いた。

 次の瞬間、突如掛け声が「まわせー、まわせー」に変わった。神輿を差し回しするときの掛け声だ。すると、白馬を残して他の渡御列は正門である南楼門へと進み、残された白馬は掛け声に呼応するように石段下の祇園交差点をゆっくりと大きく三周回った。感動的なシーンだった。記者の横にいた数人の輿丁は泣いていた。

 山鉾巡行と神輿渡御の中止で祭りがないと勘違いする人が多いなか、歴史上初の試みは記憶と記録に残る感動的な祭りとなった。

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