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鉄砲製造「分業制」裏付け 堺で発見、8月公開へ

鉄砲鍛冶屋敷から見つかった納品台帳「通」の一部=堺市堺区(小川恵理子撮影)
鉄砲鍛冶屋敷から見つかった納品台帳「通」の一部=堺市堺区(小川恵理子撮影)

 戦国時代から江戸時代にかけて鉄砲(火縄銃)の一大生産地だった堺で、鉄砲鍛冶と下請け職人が取り交わした納品台帳「通(かよい)」が見つかった。堺市に現存する最古の鉄砲生産現場である鉄砲鍛冶屋敷「井上関右衛門(せきえもん)家」(堺区)の調査で発見。市文化財課は「鉄砲製造がどのように分業されていたかや、鉄砲鍛冶と下請けとの関係性が分かる貴重な資料。堺のものづくりの原点につながる発見」としている。

 同課によると、見つかった通は計274点。いずれも、“元請け”の井上関右衛門と金属部品などを製造する下請け職人との間で交わされた納品台帳とみられる。納期や価格をはじめ、元請けから職人への貸付額なども詳細に記録されていた。

 銃身の外側に模様を彫る「象眼」の職人と交わされた通には、発注元の大名からの「銃身に家紋をデザインしてほしい」という注文が、元請けから象眼職人に伝わり、注文通りの鉄砲が納品されるまでのやり取りが残る。火縄銃の銃床「台木」を作る職人との通では、職人が材料費などとして194両を元請けから借金し、納品時に商品代との相殺で返済した経緯が記されていた。

 これらの記録によって、江戸時代などの鉄砲製造がシステマティックな分業制だったことが裏付けられる。さらに「元請けが大金の貸し付けに応じていたのは、職人を囲い込むことで生産体制を維持する意味もあったのではないか」と同課は推察する。

 こうした台帳は、製品が完成して取引が完了した時点で捨ててしまうのが通例とのことで、残っているのはまれなケースと同課は説明。今回の通は、屋敷を市の施設として再整備するため昨年夏に家財道具を整理していたところ、偶然見つかった。同課は「捨てるはずのものが、何かの拍子に紛れたのではないか」とみている。

 屋敷の調査は平成27年度から市が関西大と共同で実施。関係資料を公開する初の企画展を8月19日から、さかい利晶の杜(同区)で開く。今回見つかった通をはじめ、全国の大名や旗本との取引記録など、鉄砲生産に関する約80点を展示。調査に携わる兵庫県立歴史博物館の藪田貫館長による講演会も予定している。問い合わせは同課(072・228・7198)。

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